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ことばでの表現が難しい子の気持ちの捉え方~質的心理学会での話②

前の記事の続きです。
 
「反射でしょ」の部分↓について、当日聴きにいらしていた方々の印象に残ったようで、何度もコメントの対象となったのは、ちょっと驚きでした。実際は、がっかりはしたものの、そこまでネガティブだったわけではなく、それは言った方との関係性や、真実しか言えない立場でもどんな気持ちで言ったのかが伝わっていたからかもしれません。
 
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質問3.「からだ」で表していることについて、それをどのように感じているのか・感じ取れるのか

心配停止直後にハルハルに残っていた体の動きは、時々起こる全身の緊張と、熱いお湯に対して足がビクッとするくらいでした。当時は、起きているのか眠っているのか、痛みを感じているのかもわからないような状態で、どんな些細な動きでも何かを感じているのかと嬉しかったのですが、「それは反射でしょ」と言われてがっかりした記憶があります。3歳からの通園では、朝に「お名前呼び」があり、当然反応がないことが続いたのですが、ある日、頭頂部を触ると口を少し開けることを偶然知り、それからは先生に気づかれないようにそっとなでて、お返事させたりしていました。

 

しかし子供の成長の力はすごいもので、訪問や通園などでの多くの人との関わりを通じ、段々とハルハルなりの成長や発達をみせるようになっていきました。はじめは、親や、いつも関わる人だけが気づくような、わずかな舌の動きでしたが、見つけるとうれしくて、沢山褒めてあげていました。

 

通園という外の世界の集団の中での刺激は、よい影響を多くもたらしてくれました。たくさんの人に囲まれて話しかけられると、おしゃべりをするかのように嬉しそうに口をパクパクさせたり首をフリフリするようになりました。それを先生たちがしっかり肯定的に受け止めてくれたので、さらに活発に動かすようになり、はじめは反応のなかった「お名前呼び」でも、卒園までには、頭をなでなくても、自ら口を動かして、前のめりで先生にお返事できるようになっていました。

 

最近では、口や舌、肩などに、初対面の人でもわかりやすい大き目の動きがみられるようになってきました。(動画を映して)微妙でわかりにくいかもしれませんが、好物のスイカなどを口にもっていくと、一生懸命舌を動かして味わいます。人は、楽しいこと、好きなモノ、やりたいと思う気持ちが、強いモチベーションとなって体が自然と動くようになるんだなと、感心します。

 

一方、嫌な時は全身にぎゅーっと力を入れたり、舌を強く突き出すようになりました。手術や体調の悪化で新たに必要となったケアをやろうとすると、全身を強く緊張させて、目を見開き、肩をビクンビクンさせるなど、痛みやトラウマをはっきりと表現します。痛みを伝えられるのは生命にとって大事な事ですが、辛さを強く感じるようになったとしたら、親としては切ない部分もあります。それまで痛みを感じていなかったのか、それとも表現できなかっただけなのかは、わかりませんが。

 

また、状況を理解したり記憶していると思われる事例も増えてきています。例えば、大好きなお風呂から「もうあがるけど、いい?」と聞くと、口の動きを止めて聞こえないふりをしたり、リハビリで毎回おもちゃのバイオリンを弾くときに、「蛍の光」の曲順になると、「まだ終わらないで~」というように、舌を突き出して抗議します。

 

これらの、それぞれの動きがどんな感情や意思を表現しているかの解釈については、同じような状況で繰り返し同じ反応をするのを目にしたり、少し違えて試したら反応しなかったりすること等から、推測をしています。

 

質問4.専門職のかかわりについて、家族はどのように感じるか(専門職の受けとめ、理解の程度、家族の受けとめとのギャップなど)

小児の在宅療養生活では、訪問の医師や看護師、ヘルパー、リハビリの皆さん、通園や学校の先生など、様々な専門職の方々との関わりがあります。在宅開始直後から、在宅療養に豊富経験を持つ専門職の方々の、自然で積極的なハルハルへの接し方に触れ、色々と学び、影響を受けてきました。例えば、退院後しばらくして初めて訪問リハビリが入ったとき、「いつも使っているおもちゃを使いましょう」と言われましたが、何も持っておらず、親なのに「きっとわからないだろう」と無自覚にあきらめていたことに気づき、はっとしました。それに対し、リハビリの先生は、大きな音をハルハルの耳元で鳴らし、光を目線に合わせ、震えるおもちゃを触らせ、正面から笑顔で声掛けをしていました。それを見て、視覚や聴覚について「勝手にあきらめなくていいんだ。わかる、できる前提で接したらいい」と思えるようになり、その後の自分のハルハルへの接し方も変わったと思います。

 

専門職の方々から言われた言葉が、親の自信や励みになったことも多くあります。例えば、3歳前の診断書で「表現することは難しいので、表情から読み取るしかない」と書かれていたのを見て、「先生も、表情はあると思ってるんだ!」と感動したり、5歳になって通院のリハビリを開始すると「首と口は本人の意思で動かせる部分がある」と診断されて、大変うれしく、伸ばしてあげたいと強く思ったりしました。

 

四六時中一緒にいる親であっても、ハルハルの反応を全て拾えて理解できているわけではないので、理解の程度や受けとめ方に専門職の方とギャップが多少あっても、特に気になりません。例えば、雑誌のヘアアレンジ特集を見ながらヘルパーさんと一緒に髪型を決めるのをハルハルは毎回楽しみにしているのですが、「どの髪型にする?こっちがいい?何色のリボンにする?」とハルハルの意思を汲みとろうとしてくれる姿勢は、本人にもいい影響があると信じていますし、仮に私にはどれがいいと言っているのかわからなくても、「ここがこう動いて、この髪型がいいと返事した」とヘルパーさんの解釈を共有してもらうことで、新たな発見をするきっかけになっています。

 

【最後に】

体の動きや表情から理解したと感じている感情や意思には、親の思い込みや自己満足の部分があるかもしれません。ですが、(ある遺伝科の先生に言われた言葉を借りれば、)「本人のためを思って親が一生懸命考えて出した結論なら、それが最良の判断」ではいいのないかなと思います。そう思うのには、私たちが、もっと根本の、言葉にならない「生きたい気持ち」をハルハル全体から強く感じ、それを支えたいとやってきたからかもしれません。私たちにそう感じさせた、生後2ヶ月のハルハルの「私らしく生き抜くわよ!」と言わんばかりの強い目ヂカラのある写真を最後にみていただいて、私の話を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。

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ハルハル、週末、学校まで出張公演してくれたミュージカルも観に行きました♪ 寒い日だったので、壁から電気毛布の電源をとらせてもらって、ひとりだけ斜めの方から鑑賞。こういう臨機応変な対応をお願いできるので、学校だと安心~

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ことばでの表現が難しい子の気持ちの捉え方~質的心理学会での話①

気づいたら、すっかりご無沙汰してしまい、すみません💦

先日の記事に書いた質的心理学会での話を「聞きたかった~」と言ってくださる方々がいらっしゃったので、こんなテーマで話す機会もあまりない気がするので、めずらしくちゃんと用意した読み原稿を、以下にあげることとしました。ただ、学会での本来の醍醐味は、4人の話題提供者が異なる立場から話をし、それをふまえて参加者がフリーに発言ややり取りをするところにあったと思いますので、そのあたりはご了承ください。

 

長いので、2回に分けてアップします。最後に、ハルハルの近況も付け加えてます

 

この学会を聴きに来てくれた訪問看護師さんから、「何年も訪問しているのに、こういう話をきいたことがなかった。話す『場』が必要なのかな」という感想が。確かに、訪問の最中に色んなおしゃべりはするけれど、当然断片的。あらためてこんな話をする機会でもあれば、親の考え方の背景とかに対する理解を深める役に立つのかも。

 

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からだやことばで「表現されること」・「表現されないこと」とそれらの受けとめや解釈について考える ・・・ 話題提供者② 在宅療養児の家族介護者

 

本日は、ここにいます娘のハルハルについて話をする機会をいただきまして、ありがとうございます。事前にいただきましした4つの質問項目に沿って、進めさせていただきたいと思います。

 

その前に、ハルハルを紹介させていただきますと、ハルハルは、現在10歳、特別支援学校の4年生です。ハルハルのもともとの病気は、13トリソミーという染色体の異常で、一般に、身体および知的に重度の障害があり、心臓や呼吸などに重篤な疾患を持って生まれます。9割は1歳の誕生日を迎えられないほど短命であるといわれており、そのため、今でも積極的な治療は控える方針の病院がありますし、手術や延命についての意思を本人の代わりに親が何度も確認されます。ハルハルの場合は、生まれてすぐは状態がよかったのですが、退院直前の生後2ヶ月の自宅外泊の時に心肺停止となり、蘇生されたものの「脳死に極めて近い状態」と言われるほど重度の低酸素脳症となってしまいました。それ以降、呼吸器を手放せなくなり、声を発することも体を動かすこともできなくなってしまいました。医療的ケアも多く必要ですが、状態が安定した生後11か月でNICUを退院し、現在は多くの方々に支えていただきながら、両親と3人で家で暮らしています。

 

質問1.「ことば」で表現することが難しい在宅療養児に対して、家族はそのことをどのように感じているのか

ハルハルの場合、赤ちゃんの時に原因となる事象が発生したため、「ことば」の表現がないことは、ある意味、違和感がないというか、自然な状況です。ただ、心肺停止となったのは突然のことでしたので、それまで声や体を大きく使って「お腹がすいた」「抱っこして」「幸せ」といった欲求や感情を表していたのが、急に失われて「眠り姫」となってしまったことに、当時はやはり強い衝撃や悲しみ、また、わかってあげられない、してあげられることがないといった困惑はありました。

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質問2.「ことば」で表現されなくても、時々の状況や気持ちをどのように捉えているのか

急性期を脱して、静かに眠りつづけるハルハルの気持ちや体調を読み取るのに大きな役割を果たしていたのが、顔色やバイタルの数字でした。酸素飽和度、心拍数、血圧といったモニターの数値は、熱さえ自分で発することができなくなってしまったハルハルに残された、体調や快不快を表現する大切な方法でしたので、面会時に目にしたちょっとした変化も気になってしまい、先生から「数字に振り回されないように」と言われたものです。それだけ注意深く見ているつもりでも、敗血症になるまで体調の悪化に気づかないなど、辛く感じているのを汲んであげることは非常に難しい状態でした。

 

気持ちをわかってあげることはさらに難しいことでしたが、わずかな表情の変化を捉えて理解しようとしていたと思います。時系列に、退院までの写真を並べてみますと、かなりわかりにくいとは思いますが、心肺停止になって、その翌週に予定されていた退院が延期となり、その後ずっと不安で寂しそうな顔つきをしていたのが、(右から二枚目)お正月に両親と病院の個室で一泊一緒に過ごした時の表情が、とても穏やかで嬉しそうに見え、「あぁ、家に帰って家族一緒にいたいんだな」と感じました。過去の失敗もあって二の足を踏んでいた退院への再チャレンジでしたが、その時、ハルハルの気持ちが強く伝わってきて、在宅移行を決意をするきっかけとなりました。

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(続く)

 

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最近のハルハル、ママの風邪がうつったのか、鼻水がズルズルで固いけど、おしゃべりも好調、やる気満々で学校にも通ってます。授業で近くの警察署に見学に行きました。お土産にもらったピーポくんシールは、得意げにファイルに貼ってます。

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