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2022年9月

【後日談】夏の日

ハルハルの旅立ちから4年目の今日。曇り予報だったのに日が差したのは、さすが晴れ女のハルハル。

4年の間に着実に変化は起こり、ハルハルが入院していた病院に行くバス路線がなくなり、動物園の柵が継ぎ足されてあの日柵をまたぐようにハルハルに寄せてきたキリンの首はもう出すことができなくなって、すべての思い出の景色がそのままに保たれることはない。

あの夏の日と決して同じ夏の日ではない夏の日を、今年もこれからも繰り返していく。

でも大丈夫。ママは笑ってるよ、幸せに過ごしているよ。ハルハルを大切に思い続けてくれる人たちに支えられて、あの夏の日をいつまでも心に、これからの夏も。

 

 

「ネロ」 — 愛された小さな犬に  

谷川俊太郎

 

ネロ

もうじき又夏がやってくる

お前の舌

お前の眼

お前の昼寝姿が

今はっきりと僕の前によみがえる

お前はたった二回程夏を知っただけだった

僕はもう十八回の夏を知っている

そして今僕は自分のや又自分のでないいろいろの夏を思い出している

メゾンラフィットの夏

淀の夏

ウィリアムスバーグ橋の夏

オランの夏

そして僕は考える

人間はいったいもう何回位の夏を知っているのだろうと

 

ネロ

もうじき又夏がやってくる

しかしそれはお前のいた夏ではない

又別の夏

全く別の夏なのだ

 

新しい夏がやってくる

そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく

美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと 僕をかなしくするようなこと

そして僕は質問する

いったい何だろう

いったい何故だろう

いったいどうするべきなのだろうと

 

ネロ

お前は死んだ

誰にも知れないようにひとりで遠くへ行って

お前の声

お前の感触

お前の気持までもが

今はっきりと僕の前によみがえる

 

しかしネロ

もうじき又夏がやってくる

新しい無限に広い夏がやってくる

そして

僕はやっぱり歩いてゆくだろう

新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ 

春をむかえ 更に新しい夏を期待して

すべての新しいことを知るために

そして

すべての僕の質問に自ら答えるために

 

『二十億光年の孤独』所収

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