みんなちゃんと「お母さん」でいられますように

先月、医ケア児の保護者の一人として地域行政の会議に出席する機会があり、悩んだけれど、このタイミングでしか伝えられない事もあると思ってした話を、ここにも載せることにします。もともとは、行政や関係者の方々に「施策から漏れてしまう子に対して、実態を見て手を差し伸べて欲しい」との思いからこのエピソードと感じたことを話そうと思ったのですが、その後、出席者それぞれの立場から、それだけじゃないコメントをいただきました。

子どものことを第一に考えて、ママたちは「自分が頑張ってこの子が体調よく楽しい経験ができるなら」と、倒れる限界までがんばってしまいます。多忙を極める看護師さんや先生達の姿を見て、「親の自分が頑張れるところまで頑張らなくちゃ」と遠慮し、「それでも無理なところだけお願いできないか」と懇願しても、それすら叶わないこともあります。やることが当たり前になり過ぎて自分自身が最も気づかなかったり、「このママならできるから大丈夫」と周囲から思われ頼られてしまうこともあるようです。だけど・・

ママたちへ・・頑張るのは、倒れるまでじゃなくて、お母さんでいられるまで、にしようね。子どもが、本当は自分に何をして欲しいか、どんなママでいて欲しいかを考えて、遠慮せず、受けられる支援は受けようね。

看護師さんなど周りの方々へ・・ものわかりよく遠慮しがちで頑張りすぎるママへは、「ここなら訪問に入れるから、ママ休んで」など、先手を打って休みを促してあげてください。呼吸器や体が大きくなると抱っこも一人では難しくなりがちだから、「私がいる間に、ちょっとだけでも抱っこする?」など、声をかけてみてください。子どもが亡くなれば何をやっていても後悔は残るとしても、「その一回多く抱っこできた」と、幸せな時間を感謝の気持ちと共に思い出すことができます。

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(長文です。実際には部分的に割愛して話しました)

娘のハルハルは、昨秋、113ヵ月で旅立ちました。こういう時期の親が話す機会はあまりないと思いますので、少しお時間を頂戴できればと思います。

 

ハルハルが亡くなる2週間ほど前、長年お世話になっていた訪問の先生が病院まで会いに来てくれました。ちょうど看護師さんとケアの真っ最中だったので、その間に検査結果を見てもらおうとすると、「お母さん、ちょっと」と病室の外へ呼び出されました。そこで「大変なのはわかるけど、まるで医療者みたいになってる。お母さんにしかできないことをしてあげないと」と強く諭されました。多忙な看護師さんに代わって病院でケアをすることも、入院中の状況を在宅関係者にアップデートすることもいつもしていたので、何故そんなことを言うのか不思議に思うと同時に、正直、もうこの状況では好きにやらせて欲しい、とも思いました。しかし、きっと見るに見かねたのだろうと気にかかり、そしてふと、私がこれまで必要に駆られて気づかぬうちに当たり前のようにしていたことを、他人が見て「医療者のようだ」と感じるということは、ハルハル本人は実はもっとそう思っていたのではないか、との疑問が湧いてきました。がんばってきたハルハルがずっと母のこの手でして欲しかったのは、医療的ケアを全て賄うことではなく、優しく抱きしめてもらうことだったのではないか・・その時にはもう、抱っこをしてあげられる状態ではなく、そして永遠にその機会を失いました。

 

ハルハルは、人工呼吸器使用のため、デイケアや学校でも親の付添いが求められ、また訪問看護と短期入所の時以外、その数多くの医療的ケアを全てやらなければ、その命を繋ぎ、成長発達のための経験をさせてあげることができませんでした。私は、長年に及ぶ睡眠不足と疲労の中で、とにかく自分が倒れないよう、少しでも空き時間があれば、抱っこや遊んであげるより、横になるようにしていました。もしも、他のお友達と同じように、いえ半分でも、付添いをせず体を休められたら、もう1回でも多く抱っこしてあげられたかもしれない。親子の形は様々ですが、ハルハルの望む母親だったのかどうか… その思いが拭えません。

 

ハルハルを失った今、私が願うことは、どんなに医療的ケアが重くても、母親がケアに忙殺されることなく、母親として、ちゃんと子供を抱きしめる余裕が持てるようになることです。母親の就労支援を検討する時代にレベルの低い話ですが、重症なほど支援が行き届かない、切実な現状がまだあるのです。

 

数年前、「医療的ケア」が注目されるようになったとき、実態に合致した切り口が出てきてよかったと思いました。施設などでは、障害の重症度よりも、看護師が必要な医療的ケアの有無で扱いが違ったからです。けれど、医療的ケア児への対応が手厚くなっても、呼吸器はダメと言われたり、同じ呼吸器でも、自発呼吸の有無やコミュニケーション能力で線引きされることがあります。また、リソースに限りがある中では、利用対象者の拡大により、よりケアの難しいリスクの高い子たちがその皺寄せで断られることもでてきます。新たな施策で状況が変化し続ける今、実際の運営上、どこで線を引かれているのかを常に見極め、漏れている人に手を差し伸べる福祉であって欲しい。また、学齢時だからといって学校にお任せではなく、学校での課題も含め全体的に状況を判断して、補完をお願いしたいです。

 

特別支援学校における医療的ケア児の送迎や呼吸器の付添い問題への対応は、この一年で着実に前進を続けていますが、残念ながらハルハルには間に合いませんでした。受け入れ可能なデイケア等も圧倒的に不足したままでした。変化には時間がかかります。どのような子たちがいつ何人次のライフステージに上がってくるのか、それに備えて施設の準備や人材の育成を計画的に行うことで、必要な対応が間に合うようできないでしょうか。

 

また、特に、ハルハルもそうでしたが、重心の子が少ない医療機関においては情報も経験も少なく、またママ友のいない環境では親も「孤立」しがちです。地域で繋がれば解決できる課題も多いです。広く意見の吸い上げや情報共有、強力なバックアップ態勢の仕組みづくりをお願いいたします。

 

ハルハルと過ごした日々は、体力的には大変ではありましたが、多くの方々に助けていただいたおかげで、本当に幸せな時間でした。ありがとうございました。多様な医療的ケア児の課題に関心を持ち、支援し続けてくださる方々へは、感謝しかありません。皆さんが疲弊することなく本来の専門業務に集中できるような環境整備がなされることを願っています。

 

状況が改善していくのを見ると、ハルハルが未来へ向けてがんばってつけた蕾が花開いていくようで、嬉しく思います。急速な変化の中ですが「安全」を第一に念頭において、今後ともどうぞよろしくお願いします。誰よりも、子ども達のために。

 

 

 

 

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いつもいっしょ

ハルハルのお骨を入れたペンダントができあがりました~。

検討を始めると、万一にも中のものがこぼれない安全性、作業過程でもなるべく遺骨を手元から離さずに自分で簡単に入れて蓋ができる構造や道具、防水性、メンテナンスの必要性、耐久性、大きさ、厚み、美しさ・・と、普通のジュエリーデザインとは全く違った難しさが。

さらに、ハルハルが生まれたときにお誕生日と名前を刻印して作った記念のアンクレットのお花の形のチャームとペアにして、ずっと身に着けていたい・・と希望したことから極小サイズでバランスを考えてのデザインとなり、難易度がさらにアップ・・。何度もお店と相談した結果、いくつかの希望はあきらめ、イニシャル”H”の入った市販の小さな遺骨ペンダントヘッドを入手(なんでも、散骨などの最近の傾向もあって、手元供養の品の種類は増えているらしい)。厚みのところにハルハルの命日を刻印してもらったうえで、二つ一緒につけられるチェーンを用意してもらいました。(ダブルクリックして拡大すると文字がよく見えます)

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生まれたときから旅立ちの日までハルハルの一生を感じながら、これからも、ずっとずっとママといっしょ。

これで安心してお出掛けできます^^旅行にだって、連れて行けちゃうもんね。

 

この一か月は、おじいちゃんの療養病院への転院&面会などで、あっという間に過ぎました。往復3時間はちょっと遠いなぁと思いつつ、毎日忙しく気を配ることもあるおかげで、悲しみだけに埋もれないでいられるのかも、とも。

今年も、桜並木をパパとハルハルと3人でお散歩しながら、ハルハルの季節を感じています。春だ~よ、ハルハルだよ~♪

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これもハルハルのおかげ

朝から、あの日と同じ雨。同じような時間に起きてしまったら、今くらいに病院から電話が鳴った、今頃玄関から自転車で飛び出した・・と、克明にあの日のことを追ってしまう。6か月の月命日。気持ちも、しとしと。

 

就活を始めて次の一歩へ、と思っていた先月だったけど、思わぬことがあって即中断。ハルハルのおじいちゃんが転倒して首を痛めた。脊髄損傷。急性期には、万一の時は挿管や心マをするかの判断を求められ、デジャヴのよう。ハルハルの経験も、状況を飲み込むのに役立つ。一方で、高齢者だと、体の状態、保険や病院の体系、先生の説明やケアの仕方など、ハルハルとは違うことも多くて戸惑う。90歳までがんばってきたのに、なんでこんな・・と思うけど、この歳だから起こったことでもある。どんな状況でも、当人にとって何がいいのか、家族はしっかり考えて向き合っていくだけ。これもハルハルが教えてくれたこと。

 

おじいちゃんの面会の合間に、オリンピックのボランティアのオリエンテーションに。ハルハルとパラリンピックを観に行くという夢は、残念ながら叶わなかったけど、ハルハルがくれたきっかけだから、パラリンピックのボランティアをやって、誰もがのびのびと持てる力を発揮できる社会に進化していくお手伝いができればいいなぁ。日本の重心の子の笑顔を世界に発信できたら、もっといい。当然、ハルハルも一緒にやるよね^^!選ばれるといいな。

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庭の桜も咲き始め、季節は春へ。ハルハルの季節が来るね。ママは、赤ちゃん連れのお母さんやお年寄りにさっと手を差し伸べるとか、体が自然に動く自分に気づいたよ。毎日の色んなことが、ハルハルのおかげ。ハルハルの教えてくれた大切なことを、ちゃんと大切にしながら、ゆっくり進んでいくね。

 

 

長いこと空き店舗だった近所に、なんと、ストロベリーカフェができました!!フレッシュなイチゴを使ったケーキで埋め尽くされていて、びっくり~。ハルハルが「ここ、ここにしなよ!」って、お店を呼んできちゃったんじゃないの~??ハルハル、ひとつひとつテイクアウトして、お楽しみちう^^

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やり残したこと

ハルハルの5回目の月命日。まだ、のような、もう、のような、という感覚は相変わらず。

 

この一か月は、「今までやりたかったけれど、できなかったこと」をやって過ごした。例えば、ハルハルの服作り。完全に自己流だったので、洋裁の基礎や型紙補正のやり方を教わりたいなと思いつつ、当時は外出ができずに断念。ふとネットで検索してみると、希望にあわせて個人レッスンが受けられるところを発見。ここなら、呼吸器や拘縮のある子のための服作りやリフォーム、なんていうマニアックなことについても聞ける!ハルハルの服をみながら、ちょっとしたコツや改善点のアドバイスを受け、質問に答えてもらって、「やり残した感」が解消~。誰かに作るあてがあるわけじゃないけれど、ちょっとスッキリして一歩前に進める気が。

 

その他には、まだ家にいるハルハルを置いて旅行に行く気にはならないので、単発のカルチャー教室や図書館に行ったり、友人と会ったり。家から出られなかった時にはあれほど焦がれた外食や買い物も、すっかり魅力を失ってしまったわ。あとは、片っ端から本を読んだり、ほこりと格闘しながら溜め込んだ家の片付けをしたり。ハルハルのいたときにだってできたんじゃね?のことも多いなぁとは思うけど、あの頃は疲れ果ててたんだよね・・

 

あの頃、必要だと感じていたこと、あったらいいなと思ったこと、こうしたらもっといいのにと思ったこと、ハルハルから離れられないからできなかったこと、それを言い訳にしてやらなかっただけのこと・・心にモヤモヤとくすぶる「やり残したこと」は、いくつもある。ハルハルの教えてくれたこと、ハルハルがやりたかっただろうことを、早く社会化・具現化しなくちゃって、強めに前のめりな時期もあった。でも、思わぬことで傷つくようでは、まだその時期じゃないのかも。一方で、たった5ヶ月なのに、もう自分の考えていることなんて時代遅れの気がする瞬間もあって、何ならやる意味があるのか、自信がなくなっていったり。う~ん。そうして身動きがとれなくなってしまう前に、できることから体を動かしながら考えていったほうがよさそう。次は、しゅーかつか、ボランティアか、な。

 
 
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ハルハルが大事にためてきたおこずかいやお年玉で、お世話になったステーションさんに贈った自転車。ピンク色のハルハル号~。ハルハル、看護師さんの背中につかまって、風を切って気持ちよさそうにしてそうだね。うれしいね^^

 

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ハルハルのいない年末

ハルハルがいないクリスマス。予想以上の寂しさに戸惑う。ハルハルが今年いなくなるなんて思ってもいなかった去年のクリスマス、ちゃんと大切に過ごしたかな・・。う~ん、季節のイベントの時ってこんな気持ちになるのか。まずい、冬はイベントだらけだわ。
 
NICU以来、ハルハルが年末年始に入院していたことがなかったので、余計寂しく感じるのかも。10年間、いつも家族一緒のクリスマス。10月にはケーキを予約して、ツリーを飾って、お友達を夕食に招いて、訪問看護師さんやヘルパーさんとクリスマスソングを歌って・・。主役不在の今年は、何の準備もしなかった。街の喧騒から忘れさられたような、静かなハルハルの部屋。
 
でも、ハルハルは全然忘れられていなかった。カードやお菓子やお線香が次々に送られてきて、クリスマスカラーのお花も届いた。パパとママが招待されたクリスマスディナーでは、食卓にハルハルの写真を飾ってくれて、一緒にあたたかな会話を楽しんだ。
 
みんながそれぞれにハルハルに心を寄せてくれることがありがたくて、そんなふうに感謝の気持ちを持てることもありがたくて。誰もが同じようにしてもらえるわけじゃない。同じようにしてもらっても、同じように感じられる状態とは限らない。感謝できることで癒されてもいる。
 
「思えば、ハルハルに会った時には、いつも笑顔だったな・・ ママも、私達も」 
 
ママの学生の頃のお友達がくれたクリスマスカードのコメントに、嬉し泣き。
うんうん、いつも笑顔だったよね。楽しかったから。幸せだったから。
 
 
そして、ハルハルのいない新年を迎える。
まだまだ揺れながら、恐れながら。
ハルハル、来年もパパとママをよろしくね。

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献血

 

生まれて初めて献血をした。きっかけは、骨髄バンク関連の記事。調べると献血センターで登録とあって、ハルハルも輸血してもらったしと、思い立つ。

 

 

 

献血センターの場所は、金融機関などの入るビルの最上階。看板は出ていても、これじゃふらっと入るには敷居が高すぎない?と思って上がってみると、平日の午後というのに大勢の人たちがいて、驚き。前に並んでいた人は、カードを持っているリピーター。半年に一回しかできないから、お菓子やジュースをもらえて時間つぶしができるからなんて動機じゃできない。

 

 

 

初めてというと、丁寧に手際よく案内をしてくれる。問診や検査や診察があり、終わるまで都合1時間くらいはかかる。混雑する週末は、もっと待ち時間が長いのだそう。

 

 

 

採血の時間自体は10-15分くらい。横についている看護師さんに、あれこれ尋ねる。成分輸血ではなく、全血献血を勧められた理由とか。成分献血は、血漿や血小板以外は体へ戻すので負担が少ないけれど、時間がかかって血管が太くないと難しいとかあるらしい。血小板は有効期限が4日しかないので、病院からの必要量を聞き集めて、成分献血を含め、日々献血で必要量を確保しているのだとか。

 

 

 

こうして自分の意志で自分の時間を使って献血に来てくれる多くの人たちのおかげで、最後の入院のとき、毎日のように輸血が必要だったハルハルはどれだけ助けられただろう。ありがたくて、ありがたくて、献血台の上で目頭が熱くなる。

 

 

 

400mlの献血、特に気分が悪くなるようなこともなく、無事終了。ハルハルが助けてもらった分にくらべたらほんのわずかだけど、誰かの役にたてますように。

 

 

 

「家族が輸血でお世話になったので」と言ったら、受付の人が「街で献血のお願いをしたら『自分が輸血してもらったら、考えます』と言って断られたことがあるんですけど、輸血したら献血できないんですけどね」・・。人の役に立ちたいと思ったときには、条件を満たせず、既にできなくなっていることもあるんだ。献血の年齢制限は69歳まで。骨髄バンクのドナー登録は54歳まで。知らなかった。できるうちに、できるだけの恩返しをしよう。また、来よう。

 

 

 

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泣クトキ

ハルハルの旅立ちから、もうすぐ3か月。おかげさまで、今も穏やかな心持ちで過ごせていて、よく食べ、よく眠れてる。気にかけてくれる友人と会えば、心から笑顔で話せる。ただ、段々と忙しさが落ち着いてきて、悲しさや寂しさが顔を出すことが増えてきた。時間は、単純に全てを解決していってくれるわけではないみたい。

 

悲シクテ、

入院時から散らかり放題だった家を、少しずつ片付ける。無理はしない、と唱えながら、迷ったら処分は保留する。それで順調に進んでいたのに、服はダメだわ、思い入れが強すぎる。

 

寂シクテ、

買い物途中で、来年の手帳を手に取ったら、急に「あぁ、これにはもうハルハルのことで書くことはほとんどないのか」と思ったら買えなくなった。

美容院へ行くとき、衣替えをするとき、「あぁ、前回これをしたときは、まだハルハルがいたのにな」と思ってしまう。

 

悔シクテ、

学校関係大量の荷物の中の整理中、見つけた歯磨きセット。そういえば、5年生になってから学校で歯磨きしてもらえなかったな。ママが付添いしてたから、忘れられちゃったのかな・・

 

申シ訳ナクテ、

足の痛みで行った整形外科で、腕を骨折した小さな男の子に遭遇。受診の順番が来ても「ぼく、外で待ってますから。いいです」と必死の抵抗、そしてレントゲン室で泣き叫ぶ声。それを聞いてはっとする。ハルハルも、骨折のとき、泣き喚けないだけで、本当はどれだけこわかったろう、どれだけ痛かっただろう、何で気づいてあげられなかったんだろう、何もわかってあげられてなかったんじゃないか、ごめん、ごめんね・・外の世界は、予想しない角度からいきなりがつんと来る。

 

辛クテ、

ハルハルのお友達に会うのは、全然問題ない。むしろ嬉しい。でもFacebookは開けるのをやめた。楽しい経験も、がんばる治療も、制度への働きかけも、ハルハルにはもうできない。ゲリラ的に目に飛び込んでくるのは、今はちょっと、かな。

記憶がおぼつかなくなってきている、ハルハルのおじいちゃん。ハルハルの旅立ちのことは覚えていても、会うたびに「きょうだい、いなかったっけ?元気?」と聞いてくる。「いないよ」「それは寂しいね」「うん、寂しいね」。その場では泣かない。おじいちゃん、ハルハルのこと、すごくかわいがってたもんね。

 

ワケモワカラズ・・

ご挨拶まわりでは、どこでも笑顔でお礼が言えたのに、最後に行ったところだけ、話し出したら声が詰まった。全くの予想外、なんでだか自分が一番わからない。

 

会う人は、医療や福祉関係や、ハルハルの状況をよく理解している人ばかりだから、嫌な思いをすることはほとんどない。介護タクシーの運転手さんに「体が大きくなると大変だから、今くらいで、よかったんじゃない」と言われても、悪気はないとわかっているので傷つくことはない。「色々な方をみてきたから、そう思われるんですね」と返し、「それでも、一緒にいて欲しかったんですけどね」と思うだけ。

 

唯一、身構えたのは、お世話になった人たちの否定をされそうになったとき。悪気もなく、直接的でもなかったのに。自分の心の拠り所として強く依存しているからかな。自分が信じていれば誰に何を言われても気にすることないのに、脆い心の状態を察知して防衛反応が出るのかな。

 

どんな状況に弱いのか分析しようとするのを「冷静だね」と言われることもあるけれど、きっと自分を守ろうとしているだけ。なんとなくわかったのは、ハルハルのために、まだできることを見つけられると落ち着く。思いを否定されなければ、大丈夫。でも、まだこれから理解を超えた場面に出会うんだろうな。

 

「これからじゃないかな」愛しく親しい人を亡くした経験のある人たちに言われる。

「身近にいるような感覚が薄れてきた5年後、7年後が一番辛かったよ。」そんなに長いこともあるんだ・・心にとめておこう。

「家にひとりでいないようにして、なるべく出掛けたほうがいいよ。」うん、家でひとりだと、今さらどうしようもないことばかり考えがちになるもんね。

外の空気を吸おう。人に会おう。ハルハルが教えてくれたことを、これからどうしていったらいいのか、わかってくるまで。

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喪中ハガキとプルメリア

ハルハルの旅立ちのあと、色味がハルハルらしいと言って、プルメリアのプリザーブドフラワーのアレンジを送ってくれたハルハルのお友達のママ。プルメリアのお花について、こんなことを教えてくれました。

 

プルメリアの花言葉には気品・親愛・恵まれた人などがあります。そしてこの プルメリア、5枚の花びらそれぞれに意味があるそう。 ハワイでは「ALOHA」の文字がそれに 当てはまる とも言われています。

A:akahi 思いやり

L:lokahi 調和

O:`oluolu 喜び

H:haahaa 謙虚

A:ahonui 忍耐

 

・・あぁ、どれもなんてハルハルらしいんだろう。ハルハルの人生を表したかのような言葉が並んでる。

 

ハルハルは、色々な大変なことに頑張って立ち向かう「忍耐」も多かったけれど、不平不満にとらわれることなく与えられた場所で精一杯生きる「謙虚」さを持っていた。そんなハルハルの周りは「思いやり」と「調和」にあふれ、本当に人に「恵まれた人」だった。そして、家族にこの上ない「喜び」を与えてくれる子だった・・

 

実は、ご近所からお裾分けいただいたプルメリアの鉢植えをパパが大事にしているのだけど、プルメリアの花は結構気まぐれで、これまで花芽がついたりつかなかったり。それが今年は猛暑の夏の間中、ずっと花を咲かせてくれていた。ハルハル不在の家で、応援してくれるかのように、存在を示すかのように。その合点がいった気がした。

 

「ハルハルの花」と言えば、初めてのお散歩のときに咲いていた「桜」、お誕生日の頃に満開になる庭の「バラ」があるけれど、「プルメリア」も仲間入り確定!

 

そんな花言葉の意味を込めて、喪中のハガキにはプルメリアを添えました。あれ?あんまり喪中ハガキでは見ない花が載ってるな、と思ったら、そこに写真や言葉にしないハルハルとその思いを感じてもらえたら


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ご挨拶まわり

またご無沙汰してしまいました。バックデートしてアップします

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四十九日の法要を行い忌明けしたので、11年の間にお世話になった各所へご挨拶まわりに。

 

行きたい先は、病院、クリニック、訪問看護ステーション、ショートステイ先、学校、療育施設・・と多数。仕事が忙しく休みもかなり使ってしまったパパに合わせて、出来るだけ一日にアポを集中させたり、週末の機会を活かしたり。それでも無理なところは、ママに任務を託された(`・ω´)

 

心ばかりのお礼には、どうしてもハルハルの好きだったイチゴのお菓子を持っていきたかった。でもこの時期イチゴのお菓子が全然なくて、少し遠い人気の専門店をようやく見つけ、朝から並んで持てるだけゲット。そんな苦労もパパに言わせれば「ハルハルが食べるわけでもないのに」・・まっ、そうですけどっ、ハルハルのことを思い出しながら食べて欲しかったんだもん。(それ以外のお香典返しもハルハルらしいものにこだわって、ファンシーでラブリー、ピンク色や女の子の好きそうな映えするお菓子を探して歩き回った。ハレの日っぽいかと気にしてると「最近は、故人の雰囲気にふさわしいものをと購入される方が結構いらっしゃいますよ」とお店の人に言われて、ほっ。にしても、クマちゃんの焼き菓子を選んだときは、未だにハルハルを可愛い赤ちゃんのように思ってる自分に苦笑)

 

ご挨拶にうかがった日。皆さん日常業務で忙しいのに、改めてハルハルと向き合う時間を作ってくれただけでなく、訪問の時間を調整して皆で待っていてくれたり、色々準備してくれていて、感激。

 

病院では、ハルハルの在宅関係者を集めて「振り返りの会」を別途行った時の様子を教えていただいた。おかげで、ずっとお家でお世話くださった訪問の方々が、ハルハルの旅立ちの様子がわからないままにならずに済んで、よかった。ますます在宅の重心児が増える中、(大きな小児科のある大病院でだけではない)地域での看取りも増えるだろうと予想して、ハルハルのケースを何等かの形で発表すること等も考えてくださってるとのこと。お役にたてたら嬉しいね、ハルハル。二度と取り返しのつかない、大切な時間のことだから。

 

他のところでも、身に余るような言葉をいただいたり、ケアマニュアルや研究発表のために撮っていたハルハルの写真のデータをいただいたり、通っていた頃の記録や一緒に歌った歌をまとめたものをいただいたり。ひとつひとつがハルハルの思い出で、みんなのハルハルへの想いで。じんわり、あったかいconfident

 

一方、仕事が押してほとんど時間がなかったり、結局お会いできなかった方も。病棟など、全員に会えないようなところへは手紙を用意していったけど、会う予定の人であっても「これだけは伝えたい」という言葉はカードにしたためて行けばよかったな。

 

診察が延びて、約束の時間から2時間後にようやくお会いできた先生。診療時間はとっくに過ぎていたので手短かに話を終え、電気の落ちた暗い廊下をひとり歩いて夜間出入り口の扉を開けるときにふと振り返ると、先生が深くおじぎをして見送ってくださっていた。ハルハルの命に敬意を払ってくれているように感じて胸がいっぱいになりながら、二度と訪れることはないだろう病院を後にした。


 

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今でも、お家にハルハルに会いにきてくださる方も。ハルハルへのおみやげには、注文して作ってもらったというキティちゃんのケーキ。わぁ~い、スペシャルぅ♪

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四十九日

ハルハルの四十九日の法要を無事終えました。やっぱり早いなぁ・・
 
四十九日頃まではとても忙しいとよく聞くけれど、確かに色々することはあって。まず法要の日程を決め、お位牌の手配をするのだけれど、お位牌の高さはお仏壇の大きさにもよるので、先にハルハルにあったお仏壇探し。あのハルハルの部屋に黒い伝統的なお仏壇は合わないし・・と思っていたら、パパがネットでピンク色の小さなお仏壇を見つけてきた。一緒に下見に行くと、マンションのリビングにもマッチするような、モダンで小さなお仏壇がたくさん。そこで色々話をきいてから、お寺へ行き、当日の打ち合わせと相談を。お仏壇のご本尊の選び方をうかがい、当日の持ち物、会席の相談の他に、お願いしたいママの希望が二つ。
 
四十九日に納骨をせず、少し先にしたいということ。
遺骨を少量ペンダントに入れて身に着けたいということ。
 
これらには色々な考え方があるのは承知のうえで、素直に希望を伝えて、お寺がどうお考えになるかきいてみた。10年以上、片時も離れず一緒にいたので、今でも、ひとりでお留守番させて長時間の外出をすると、そわそわしてしまう。納骨しても大丈夫かなとも思ったけれど、少しでも迷いがあるなら、無理せずもう少し一緒にいさせてもらいたいと・・
 
聞くと、そういう方も結構いらっしゃるとのことで、子どものことだしと、快く承諾してくださった。ただ、心に一区切りをつけて前を向いて生活しようという先人の知恵なので、一周忌までには納骨したほうがいいのではないかということ、また身に着けていた人が亡くなった後にペンダントの扱いが不明にならないようにちゃんと考えておくこと、というアドバイスをいただいた。祖父母も、それがいいと同意してくれた。
 
四十九日の法要は、お寺の本堂で、家族だけで。お経をあげていただいたご住職からは、「人が生きるということ、いのちについて、多くを教えてくれた。感謝申し上げたい」と、ありがたいお言葉が。うれしいね、がんばったもんね、ハルハル。
 
帰宅して、魂入れをしていただいたご本尊とお位牌を、新しいお仏壇に置く。今回は、お腹の中からお空へ行ったお姉ちゃんのお位牌も、一緒に作っていただいた。小さなかわいいお位牌がふたつ、ピンクのお仏壇の中に並んでる。今頃、姉妹一緒に笑って過ごしているかな。
 
 
もうひとつ、お香典返しの手配も、四十九日までに。ハルハルの繋いでくれたご縁、ちゃんと感謝を言える貴重な機会、うちの連絡先を知らない方もいらっしゃるし放っておくとここで切れてしまうかも・・と、色々ずーっと考えて、会える方にはなるべく会ってお礼を伝え、なかなか会えそうにない方にはカードに連絡先と言葉を添えることに。一枚一枚、丁寧に、ハルハルとその方との場面を思い出しては、感謝を綴る。時間はかかっても、ハルハルの思い出に浸れる幸せな時間。会ってお話しできる場合には、忘れていた記憶がよみがえったり、その方のハルハルへの気持ちを聞けたりして、話が尽きず、さらに幸せ。

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