暑さが堪える今年の夏。10年以上、夏は日中ろくに外に出ずに過ごしていたというのを改めて実感する。日差しで焦げそう。湿気でゆだりそう。でも、夜はハルハルの愛用していた涼風マット「そよ」を使って、ママの苦手な冷房なしでも眠れてる。ハルハル、ありがとね。

旅行になんて行く気にならないと言っていたパパが一転、お盆休みに出掛けようというので温泉へ。ハルハル、はじめての飛行機だよ、新幹線だよ。すごいね、楽しいね。ハルハルのペンダントを握って話しかける。ほんとは一緒に、乗りたかったね。

由緒あるお寺にお参りに行く。ママのお願いはいつも「ハルハルのことをよろしくお願いします。ハルハル、とってもがんばったのでほめてあげてください」。もう仏様の世界にいるのにね、と苦笑してパパに言ったら、「僕も『ハルハルが穏やかに過ごせていますように』って祈るよ」だって。現世の自分たちのことよりも、親が願うのは、子どもがどこにいたって、その幸せのことばかり。

ハルハルのもう一人のおじいちゃんが急に具合が悪くなって入院。治療が効いて、話が普通にできるようになると、真っ先に気にかけていたのは、ハルハルの一周忌に出られないんじゃないかということ。すると翌日、「朝になるとハルハルが来ている感じがして、お話するんだ」と、おじいちゃん。ハルハルが「心配ないよ、早くよくなってね、さびしくないようにハルハルが話相手になってあげるね」って言いに来てるんだね。今でもお互いに気にかけあってる、おじいちゃんと孫。

「パプリカ」の、子供たちの躍るMVを、偶然目にした。きゅっとせつなくて、泣きそうになった。「Lemon」と違って歌詞に共鳴したわけじゃない、去年の夏のハルハルの入院中に、オリンピックのマスコットが躍るバージョンのMVを、ハルハルと一緒に見たのを思い出したからだ。歌の力はすごくて、ワンフレーズでその個人的な場面に引き戻される。ハルハルと一緒に行きたかったパラリンピックまで、こんな反応が続くのかな・・

 

今年の夏も、ハルハルのまわりをまわってる。ぐるぐる、ぐるぐる。

バイトが忙しくて、助かった。

一周忌まで、あと少し。

 

 

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初盆

先輩天使ママたちから、命日が近づくと辛いという話をよく耳にした。近頃それがわかるような気がしてきた。というのも、「去年の今頃は、元気にこんなことしたよね」「この時期は、入院中で大変だったけど力強く乗り越えてくれたよね」・・そんなふうにその季節にあったことを振り返ることが多いのだけど、これまでは楽しい思い出、結果は良かったことばかりだった。けれど6月末以降は、「骨折したの去年の今頃だったな・・」「最後の入院が始まった日だ・・」と、わかっている結末へのカウントダウンをしてしまう。時間がありすぎると考えちゃうから、よくないね。

そんな折、ハルハルの初盆を迎えた。ハルハルのお骨はまだ家にあるので、お空から帰ってくるのか、ずっといるのか、よくわからない感じだなぁ、なんて思いつつ、そういえば、ハルハル、未だにママの夢にでてきてくれたことないなぁ、と。聞けば、パパの夢にも、おじいちゃんのところへも、現れるらしい。「お互いに思いあっていなければ、愛しい人は夢に現れない」と、高校の古文の授業で聞いたことを思い出し、ハルハル、ママのこと思ってくれてないのかな・・と一抹の寂しさを感じていた。

ハルハル家のお寺では、お施餓鬼の法要が毎年この時期に行われる。そこで、初盆の人からお焼香をするのだけれど、ママの順番になったときに、ちょうどハルハルの名前がご住職に読み上げられた。名前の並びからは、もっと後に呼ばれると思ってたのに。まるでハルハルが不思議な力で順番をあわせて「ママ~!」ってよびかけてくれたみたいに。すごくうれしかったなぁ。

家では、おじいちゃんおばあちゃんが送ってくれた一対のプリザーブドフラワーを提灯の代わりにお仏壇のところに飾るなど、カジュアルだけど気持ちを込めてハルハルと(お腹の中からお空へ旅立った)お姉ちゃんをお迎えした。お盆の時期には、お花やお供えをいただいたり、NICUの看護師さんがお家まで来てくれたり。思い出話に花が咲き、ミルキーとサクマドロップスのお線香の甘い香りに包まれ、イチゴのショートケーキのキャンドルをともしながら、楽しく穏やかな時間が流れました。

ハルハルとお姉ちゃんが手をつないで「パパ~、ママ~」ってニコニコしながら顔を見合わせている様子を、ずっと感じられたお盆。幸せだった。

 

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ちょうどいいペース

ハルハル旅立ってから早いもので9か月を過ぎ、12歳と1か月の月誕生日を迎え、ママは”ちょうどいい”感じで毎日を過ごしてる。”ちょうどいい”のは、GW明けから開始した仕事のペース。週3回くらいで、基礎的な作業が多くてストレスもなく、一日中働ける体力に無理なく戻していってる感じ。他に、週1回くらいお友達ママの障害児のデイケアのボランティアで事務系のお手伝い、週2回くらい入院中のおじいちゃんの面会など。すると、一般社会と家族とハルハルのいた世界との関わり方のバランスや、ハルハルを想いつつも悲しみにからめとられないような時間の埋まり具合が、今のママにはちょうどいいかな~って思う。ハルハルの教えてくれたことを何か早く形にしなくちゃ、行動しなくちゃと、気持ちだけがやたら前のめりになっていた時期を過ぎ、落ち着くところに落ち着いてる感じ。また与えられる仕事や心持ちが変わったり、余力がでてきたりしたら、その都度ギアをシフトしていけばいい。

障害児のデイケアで出会ったママから、「病院の先輩ママたちの話を聞いて、NICU退院前から数少ない預け先を探して焦る」という話を耳にした。ハルハルと家で四季を過ごすことを目標にして、ゆっくりハルハルとの生活に慣れ、一緒の時間をたっぷり味わってから、ハルハルの通園を開始したママからすると、先輩ママたちからの情報があるのは羨ましくも、そんな早くから焦りを感じなくちゃいけない事にはちょっとせつなく感じたり。でも、何でもはじめは前のめりになっちゃうのはわかる。人それぞれ、時代も環境も状態も違うことも。右に左にぶつかりながら、後で振り返って、私たちの場合はこれでちょうどよかったねと、みんな笑顔で話せますように。

それにしても、仕事、かなりできない人になってる… 思い出せないし、覚えられないし、知らないし。テクノロジーの変化の大きかったこの10年以上離れていたせいか、やっぱり歳のせいか… 在宅ママも、何らかの形でちょっぴりでも仕事に関わり続けられるといいかな〜

来月は、ハルハル、新盆です。

 

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12歳の誕生日

ハルハルのお誕生日は、5月17日。その一週間以内の週末に、お誕生会を開いていた。毎年GW前くらいから、ママの頭の中はその準備のことで埋まり始める。忙しいながらも、ワクワク感でいっぱい。ハルハルへの誕生日プレゼント、誕生会のご案内、お部屋の飾りつけ、お洋服(ママのも^^;)、紙コップや紙皿、お土産・・。家じゅう掃除して、玄関周りはケルヒャーして、バラが散らないか気にしながら手入れして。スペシャルなケーキとお料理の手配は、パパのお役目で。

何より大切なのは、ハルハルの体調を整えること。ハルハルは3~4月に弱くてよく入院していたけど、誕生日前にはきっちり退院できていたなぁ。うん、1歳のお誕生日前のGWにNICUを退院して以来、一度も欠かさず、お誕生日はお家で迎えられていたね。さすがハルハル、あわせてきたね~、ってよく言われてたよね。

お誕生会も、おばあちゃんが直前に亡くなった年以外、毎年開いていたね。大きくなって来ていただくのも申し訳ないかなぁと思いつつ、お出掛けが思うようにできないハルハルにとってビッグイベントだったから。この日は自分が主役とわかっているハルハル、大勢の人たちに来てもらって、たくさん話しかけてもらって、それはそれは嬉しそうだった。次々に抱っこしてもらって、疲れない?って心配されても、全然大丈夫~って表情を輝かせて、特別な一日を満喫してた。

ママはといえば、ただただ誇らしくて、嬉しくて。生まれた時のことを思い出し、それから積み重ねてきた日々を振り返り、様々な困難も乗り越えて今年もこの日を無事に迎えることができた、そのハルハルの頑張りに、周りの方々が差し伸べてくれた助けの手に、しみじみと感謝した。にぎやかな場の高揚感にアドレナリンも出まくってたけど。

そう、ハルハルのお誕生日は、毎年一番の、よろこびの日。

だから、今年は、ハルハルがいない今年は・・どうしよう、どんな気持ちになるんだろう。

誕生会、でなければ代わりにお礼の会とかどうだろうと一瞬考えたけど、それはやらないとパパに言われ、そういう考え方もあるよね、と受け止めた。なので、何も準備することがなくなったGWからは、旅行やバイトで時間を埋めた。それでもほんの少しだけ、毎年お誕生日の時に登場するぬいぐるみ達を並べ、いただいたペーパーデコレーションを飾りつけた(お仏壇の周りは火事になるといけないからできなかったけど)。

お誕生日の前になると、メールやプレゼント、お花やお菓子が届き始めた。「この季節になるとハルハルの季節だ~って思います」「毎年、ハルハルのお誕生会に参加するのが楽しみでした」。お誕生日当日は、ママのお友達が、イチゴの誕生日ケーキを持ってハルハルに会いにきて、一日中一緒におしゃべりしてくれた。 その後も、ハルハルに会いに来てくれる人たちが続いている。遊びに来た小さなお友達が、ぬいぐるみで埋まったベッドに「ハルハル~」って話しかけてくれた。うん、そこにハルハルがいたもんね、いつもね。

ハルハルのことを覚えていてくれていること、ママの様子を気にかけてくれていること、みんなの気持ちが、ありがたかった。おかげで寂しさにとらわれることなく、毎年のように誇らしく、うれしく、過ごせました。

きっといつまでも、ハルハルのお誕生日は、よろこびの日。12年前のあの日、生まれてくれて、ありがとう。ママのところにきてくれて、ありがとう、ハルハル。今年も、お誕生日おめでとう。

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ゆっくりと、社会へ

4月は、それなりに体調の安定してきたおじいちゃんの面会の頻度を減らし、できた時間で、ハルハルのお友達ママの開設した放課後デイのお手伝いを。実際に行ってみると、呼吸器の子やケアの重い子も、わけへだてなく引き受けて大切にしてくれている様子に、じ~ん。でも、目の回るような忙しさ。この場所は子ども達のためにずっと維持していってほしい!そのために微力ながらもサポートできれば、ハルハルも笑顔になってくれそう。

GWには、ハルハルの遺骨ペンダントで一緒にいられるので、ママは安心して友人と旅行にチャレンジ。泊まりの旅行は12年ぶり(あ、一泊だけしたことが一度あった。台風に追いかけられて朝帰宅したけど)。すっかり忘れていたキレイな空気を、い~っぱい吸い込んだ。ハルハルも初めての場所を楽しんだかな~?

GW明けには、お仕事も開始。といっても、おじいちゃんの面会と両立できるバイトの形で、ゆったりめに。まだ、これくらいのペースがいいかな。

ゆっくりと、少しずつ、広い社会へ戻っていく。ハルハルのような子ども達がいることをほとんど知らない人達との距離感を測りかねながら、でも自然体でいいかとも思いながら、  行きつ戻りつ。

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ハルハルがお空にかえって、8ヵ月。12年ぶりの、ハルハルのいないママの誕生日。そして今週末の母の日が来ると、ハルハルの12歳のお誕生日ももうすぐ。

庭のハルハルのバラは去年までと同じように咲き始めたよ。主なしとて春な忘れそ・・もう初夏だね。

 

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みんなちゃんと「お母さん」でいられますように

先月、医ケア児の保護者の一人として地域行政の会議に出席する機会があり、悩んだけれど、このタイミングでしか伝えられない事もあると思ってした話を、ここにも載せることにします。もともとは、行政や関係者の方々に「施策から漏れてしまう子に対して、実態を見て手を差し伸べて欲しい」との思いからこのエピソードと感じたことを話そうと思ったのですが、その後、出席者それぞれの立場から、それだけじゃないコメントをいただきました。

子どものことを第一に考えて、ママたちは「自分が頑張ってこの子が体調よく楽しい経験ができるなら」と、倒れる限界までがんばってしまいます。多忙を極める看護師さんや先生達の姿を見て、「親の自分が頑張れるところまで頑張らなくちゃ」と遠慮し、「それでも無理なところだけお願いできないか」と懇願しても、それすら叶わないこともあります。やることが当たり前になり過ぎて自分自身が最も気づかなかったり、「このママならできるから大丈夫」と周囲から思われ頼られてしまうこともあるようです。だけど・・

ママたちへ・・頑張るのは、倒れるまでじゃなくて、お母さんでいられるまで、にしようね。子どもが、本当は自分に何をして欲しいか、どんなママでいて欲しいかを考えて、遠慮せず、受けられる支援は受けようね。

看護師さんなど周りの方々へ・・ものわかりよく遠慮しがちで頑張りすぎるママへは、「ここなら訪問に入れるから、ママ休んで」など、先手を打って休みを促してあげてください。呼吸器や体が大きくなると抱っこも一人では難しくなりがちだから、「私がいる間に、ちょっとだけでも抱っこする?」など、声をかけてみてください。子どもが亡くなれば何をやっていても後悔は残るとしても、「その一回多く抱っこできた」と、幸せな時間を感謝の気持ちと共に思い出すことができます。

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(長文です。実際には部分的に割愛して話しました)

娘のハルハルは、昨秋、113ヵ月で旅立ちました。こういう時期の親が話す機会はあまりないと思いますので、少しお時間を頂戴できればと思います。

 

ハルハルが亡くなる2週間ほど前、長年お世話になっていた訪問の先生が病院まで会いに来てくれました。ちょうど看護師さんとケアの真っ最中だったので、その間に検査結果を見てもらおうとすると、「お母さん、ちょっと」と病室の外へ呼び出されました。そこで「大変なのはわかるけど、まるで医療者みたいになってる。お母さんにしかできないことをしてあげないと」と強く諭されました。多忙な看護師さんに代わって病院でケアをすることも、入院中の状況を在宅関係者にアップデートすることもいつもしていたので、何故そんなことを言うのか不思議に思うと同時に、正直、もうこの状況では好きにやらせて欲しい、とも思いました。しかし、きっと見るに見かねたのだろうと気にかかり、そしてふと、私がこれまで必要に駆られて気づかぬうちに当たり前のようにしていたことを、他人が見て「医療者のようだ」と感じるということは、ハルハル本人は実はもっとそう思っていたのではないか、との疑問が湧いてきました。がんばってきたハルハルがずっと母のこの手でして欲しかったのは、医療的ケアを全て賄うことではなく、優しく抱きしめてもらうことだったのではないか・・その時にはもう、抱っこをしてあげられる状態ではなく、そして永遠にその機会を失いました。

 

ハルハルは、人工呼吸器使用のため、デイケアや学校でも親の付添いが求められ、また訪問看護と短期入所の時以外、その数多くの医療的ケアを全てやらなければ、その命を繋ぎ、成長発達のための経験をさせてあげることができませんでした。私は、長年に及ぶ睡眠不足と疲労の中で、とにかく自分が倒れないよう、少しでも空き時間があれば、抱っこや遊んであげるより、横になるようにしていました。もしも、他のお友達と同じように、いえ半分でも、付添いをせず体を休められたら、もう1回でも多く抱っこしてあげられたかもしれない。親子の形は様々ですが、ハルハルの望む母親だったのかどうか… その思いが拭えません。

 

ハルハルを失った今、私が願うことは、どんなに医療的ケアが重くても、母親がケアに忙殺されることなく、母親として、ちゃんと子供を抱きしめる余裕が持てるようになることです。母親の就労支援を検討する時代にレベルの低い話ですが、重症なほど支援が行き届かない、切実な現状がまだあるのです。

 

数年前、「医療的ケア」が注目されるようになったとき、実態に合致した切り口が出てきてよかったと思いました。施設などでは、障害の重症度よりも、看護師が必要な医療的ケアの有無で扱いが違ったからです。けれど、医療的ケア児への対応が手厚くなっても、呼吸器はダメと言われたり、同じ呼吸器でも、自発呼吸の有無やコミュニケーション能力で線引きされることがあります。また、リソースに限りがある中では、利用対象者の拡大により、よりケアの難しいリスクの高い子たちがその皺寄せで断られることもでてきます。新たな施策で状況が変化し続ける今、実際の運営上、どこで線を引かれているのかを常に見極め、漏れている人に手を差し伸べる福祉であって欲しい。また、学齢時だからといって学校にお任せではなく、学校での課題も含め全体的に状況を判断して、補完をお願いしたいです。

 

特別支援学校における医療的ケア児の送迎や呼吸器の付添い問題への対応は、この一年で着実に前進を続けていますが、残念ながらハルハルには間に合いませんでした。受け入れ可能なデイケア等も圧倒的に不足したままでした。変化には時間がかかります。どのような子たちがいつ何人次のライフステージに上がってくるのか、それに備えて施設の準備や人材の育成を計画的に行うことで、必要な対応が間に合うようできないでしょうか。

 

また、特に、ハルハルもそうでしたが、重心の子が少ない医療機関においては情報も経験も少なく、またママ友のいない環境では親も「孤立」しがちです。地域で繋がれば解決できる課題も多いです。広く意見の吸い上げや情報共有、強力なバックアップ態勢の仕組みづくりをお願いいたします。

 

ハルハルと過ごした日々は、体力的には大変ではありましたが、多くの方々に助けていただいたおかげで、本当に幸せな時間でした。ありがとうございました。多様な医療的ケア児の課題に関心を持ち、支援し続けてくださる方々へは、感謝しかありません。皆さんが疲弊することなく本来の専門業務に集中できるような環境整備がなされることを願っています。

 

状況が改善していくのを見ると、ハルハルが未来へ向けてがんばってつけた蕾が花開いていくようで、嬉しく思います。急速な変化の中ですが「安全」を第一に念頭において、今後ともどうぞよろしくお願いします。誰よりも、子ども達のために。

 

 

 

 

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いつもいっしょ

ハルハルのお骨を入れたペンダントができあがりました~。

検討を始めると、万一にも中のものがこぼれない安全性、作業過程でもなるべく遺骨を手元から離さずに自分で簡単に入れて蓋ができる構造や道具、防水性、メンテナンスの必要性、耐久性、大きさ、厚み、美しさ・・と、普通のジュエリーデザインとは全く違った難しさが。

さらに、ハルハルが生まれたときにお誕生日と名前を刻印して作った記念のアンクレットのお花の形のチャームとペアにして、ずっと身に着けていたい・・と希望したことから極小サイズでバランスを考えてのデザインとなり、難易度がさらにアップ・・。何度もお店と相談した結果、いくつかの希望はあきらめ、イニシャル”H”の入った市販の小さな遺骨ペンダントヘッドを入手(なんでも、散骨などの最近の傾向もあって、手元供養の品の種類は増えているらしい)。厚みのところにハルハルの命日を刻印してもらったうえで、二つ一緒につけられるチェーンを用意してもらいました。(ダブルクリックして拡大すると文字がよく見えます)

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生まれたときから旅立ちの日までハルハルの一生を感じながら、これからも、ずっとずっとママといっしょ。

これで安心してお出掛けできます^^旅行にだって、連れて行けちゃうもんね。

 

この一か月は、おじいちゃんの療養病院への転院&面会などで、あっという間に過ぎました。往復3時間はちょっと遠いなぁと思いつつ、毎日忙しく気を配ることもあるおかげで、悲しみだけに埋もれないでいられるのかも、とも。

今年も、桜並木をパパとハルハルと3人でお散歩しながら、ハルハルの季節を感じています。春だ~よ、ハルハルだよ~♪

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これもハルハルのおかげ

朝から、あの日と同じ雨。同じような時間に起きてしまったら、今くらいに病院から電話が鳴った、今頃玄関から自転車で飛び出した・・と、克明にあの日のことを追ってしまう。6か月の月命日。気持ちも、しとしと。

 

就活を始めて次の一歩へ、と思っていた先月だったけど、思わぬことがあって即中断。ハルハルのおじいちゃんが転倒して首を痛めた。脊髄損傷。急性期には、万一の時は挿管や心マをするかの判断を求められ、デジャヴのよう。ハルハルの経験も、状況を飲み込むのに役立つ。一方で、高齢者だと、体の状態、保険や病院の体系、先生の説明やケアの仕方など、ハルハルとは違うことも多くて戸惑う。90歳までがんばってきたのに、なんでこんな・・と思うけど、この歳だから起こったことでもある。どんな状況でも、当人にとって何がいいのか、家族はしっかり考えて向き合っていくだけ。これもハルハルが教えてくれたこと。

 

おじいちゃんの面会の合間に、オリンピックのボランティアのオリエンテーションに。ハルハルとパラリンピックを観に行くという夢は、残念ながら叶わなかったけど、ハルハルがくれたきっかけだから、パラリンピックのボランティアをやって、誰もがのびのびと持てる力を発揮できる社会に進化していくお手伝いができればいいなぁ。日本の重心の子の笑顔を世界に発信できたら、もっといい。当然、ハルハルも一緒にやるよね^^!選ばれるといいな。

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庭の桜も咲き始め、季節は春へ。ハルハルの季節が来るね。ママは、赤ちゃん連れのお母さんやお年寄りにさっと手を差し伸べるとか、体が自然に動く自分に気づいたよ。毎日の色んなことが、ハルハルのおかげ。ハルハルの教えてくれた大切なことを、ちゃんと大切にしながら、ゆっくり進んでいくね。

 

 

長いこと空き店舗だった近所に、なんと、ストロベリーカフェができました!!フレッシュなイチゴを使ったケーキで埋め尽くされていて、びっくり~。ハルハルが「ここ、ここにしなよ!」って、お店を呼んできちゃったんじゃないの~??ハルハル、ひとつひとつテイクアウトして、お楽しみちう^^

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やり残したこと

ハルハルの5回目の月命日。まだ、のような、もう、のような、という感覚は相変わらず。

 

この一か月は、「今までやりたかったけれど、できなかったこと」をやって過ごした。例えば、ハルハルの服作り。完全に自己流だったので、洋裁の基礎や型紙補正のやり方を教わりたいなと思いつつ、当時は外出ができずに断念。ふとネットで検索してみると、希望にあわせて個人レッスンが受けられるところを発見。ここなら、呼吸器や拘縮のある子のための服作りやリフォーム、なんていうマニアックなことについても聞ける!ハルハルの服をみながら、ちょっとしたコツや改善点のアドバイスを受け、質問に答えてもらって、「やり残した感」が解消~。誰かに作るあてがあるわけじゃないけれど、ちょっとスッキリして一歩前に進める気が。

 

その他には、まだ家にいるハルハルを置いて旅行に行く気にはならないので、単発のカルチャー教室や図書館に行ったり、友人と会ったり。家から出られなかった時にはあれほど焦がれた外食や買い物も、すっかり魅力を失ってしまったわ。あとは、片っ端から本を読んだり、ほこりと格闘しながら溜め込んだ家の片付けをしたり。ハルハルのいたときにだってできたんじゃね?のことも多いなぁとは思うけど、あの頃は疲れ果ててたんだよね・・

 

あの頃、必要だと感じていたこと、あったらいいなと思ったこと、こうしたらもっといいのにと思ったこと、ハルハルから離れられないからできなかったこと、それを言い訳にしてやらなかっただけのこと・・心にモヤモヤとくすぶる「やり残したこと」は、いくつもある。ハルハルの教えてくれたこと、ハルハルがやりたかっただろうことを、早く社会化・具現化しなくちゃって、強めに前のめりな時期もあった。でも、思わぬことで傷つくようでは、まだその時期じゃないのかも。一方で、たった5ヶ月なのに、もう自分の考えていることなんて時代遅れの気がする瞬間もあって、何ならやる意味があるのか、自信がなくなっていったり。う~ん。そうして身動きがとれなくなってしまう前に、できることから体を動かしながら考えていったほうがよさそう。次は、しゅーかつか、ボランティアか、な。

 
 
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ハルハルが大事にためてきたおこずかいやお年玉で、お世話になったステーションさんに贈った自転車。ピンク色のハルハル号~。ハルハル、看護師さんの背中につかまって、風を切って気持ちよさそうにしてそうだね。うれしいね^^

 

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ハルハルのいない年末

ハルハルがいないクリスマス。予想以上の寂しさに戸惑う。ハルハルが今年いなくなるなんて思ってもいなかった去年のクリスマス、ちゃんと大切に過ごしたかな・・。う~ん、季節のイベントの時ってこんな気持ちになるのか。まずい、冬はイベントだらけだわ。
 
NICU以来、ハルハルが年末年始に入院していたことがなかったので、余計寂しく感じるのかも。10年間、いつも家族一緒のクリスマス。10月にはケーキを予約して、ツリーを飾って、お友達を夕食に招いて、訪問看護師さんやヘルパーさんとクリスマスソングを歌って・・。主役不在の今年は、何の準備もしなかった。街の喧騒から忘れさられたような、静かなハルハルの部屋。
 
でも、ハルハルは全然忘れられていなかった。カードやお菓子やお線香が次々に送られてきて、クリスマスカラーのお花も届いた。パパとママが招待されたクリスマスディナーでは、食卓にハルハルの写真を飾ってくれて、一緒にあたたかな会話を楽しんだ。
 
みんながそれぞれにハルハルに心を寄せてくれることがありがたくて、そんなふうに感謝の気持ちを持てることもありがたくて。誰もが同じようにしてもらえるわけじゃない。同じようにしてもらっても、同じように感じられる状態とは限らない。感謝できることで癒されてもいる。
 
「思えば、ハルハルに会った時には、いつも笑顔だったな・・ ママも、私達も」 
 
ママの学生の頃のお友達がくれたクリスマスカードのコメントに、嬉し泣き。
うんうん、いつも笑顔だったよね。楽しかったから。幸せだったから。
 
 
そして、ハルハルのいない新年を迎える。
まだまだ揺れながら、恐れながら。
ハルハル、来年もパパとママをよろしくね。

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