圧倒的な幸せ

ハルハルがいたとき、ママはいつも圧倒的な幸せに包まれていました。

睡眠不足でボロボロの日でも、ベッドに横たわるハルハルのぷにぷにの頬に自分の頬をくっつければ、ああ幸せだなぁ、とじんわり思いました。

なんでだろう、とも思いました。これだけ生活に制限があって不安も多いのに、なぜ幸せと感じるのだろうと。

一般的に雑誌にあふれているような旅行やグルメやセレブな生活は、ママには魅力的ではありませんでした。

そんなことより、ハルハルの退院が決定したことのほうが、よほど高揚感がありました。

「たられば」の話は嫌いだけど、「ハルハルのいる世界といない世界を選べたら、どっちがいい?」と聞かれたら、迷わずハルハルのいる世界と答えるでしょう。

 

ハルハルが旅立ってから、幸福論の本をたくさん読みました。色々な説がありました。まだ、よくわかりません。

安心できる場所で、周囲のサポートに繋がることができたから?

自分の役割が与えられ、愛しい人のために一生懸命になることができる環境を与えてもらえたから?

「あなたに生きる理由があるのであれば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。有意義な人生は、困難のただ中にあってもきわめて満足のいくものであるのに対して、無意味な人生は、どれだけ快適な環境に囲まれていても厳しい試練に他ならない」・・・

 

ハルハル「前」のママと、ハルハル「中」のママの感じた幸せは、かなり違います。

ハルハル「後」のこれからも、きっと違っていくでしょう。

引きこもり生活から外の世界への適応も、ゆっくりとですが順調に進み、仕事や友人と過ごす時間など、日々笑顔で過ごしています。

ただ、ふと、ハルハル「中」の頃のような、すべて包み込まれるような圧倒的な幸せを感じることが今後あるのかな・・・と、

今はぬいぐるみで埋め尽くされたハルハルのベッドを横目で見て、寂しさにとらわれることも。

・・でも、ハルハルがいなければ知らなかった世界を知り、出会うことのなかった人たちに出会い、

視野が広がり、価値観が変わり、

そして、あの完璧な幸せの感覚を思い出すことができる、それだけで、

ママの人生は、もう、とてつもなく豊かです。

・・ラブソングの歌詞みたい 笑。 

うん、やっぱり恋をしていたんだね、ハルハルに^^

 

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ハルハルの強い生命の力のおかげで、当初の予想を大きく超えて10年以上もブログを書き続けることができました。

子どもが旅立った後の母親はどんな感じなのか知りたい方もいるかと思い(自分がそうだったように。いつか来る日の心構えをしたくて。)発信を続けましたが、

ハルハルの小学校卒業を機に、ひと区切りとしたいと思います。

記憶は自分の中で書き換えられていくので、その時どきの事実や感情を記録し続けることができたのは、貴重だったかもしれません。

いつかゆっくりと時間をかけて、自分の感情なども、深く振り返ってみたいと思っています。

あの時の涙、笑顔、悔しさ、幸福感、感情、考え方、行動、その変化、どうしてそうだったんだろう、なにがそうさせたんだろう。

一歩離れたからわかることがあるかもしれないから。

 

本当にたくさんの方々が、いつも笑顔で、あたたかな言葉で、ハルハルとパパとママを支えてくださいました。

感謝しつくせません。ありがとうございました。

ハルハルの時にいただいたご恩返しは、また次の誰かへ、自分なりの形でしていきたいと思っています。

Pay Forward. 

無限ではない時間のなかで、自分にできることを探し続けます。

 

ハルハルのいた時間がどんどん過去になって、環境が変化していっても、

普遍的な部分で、ハルハルの物語が誰かの役に立てることがもしあれば、嬉しいです。

 

ハルハルの卒業アルバムをいただきました。

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先生からは、「その明るいエネルギーで輝き続けてください」「本校の誇りある一員です」との言葉をいただきました。

うんうん、そうなんだよね、ハルハルは、いつも前向きで明るいエネルギーにあふれているのが伝わってくる子。

そして、訪問でも、なかなか学校へ行けなくても、学校のみんなの仲間であることを切望していた。

ハルハル~、うれしいね。先生、ハルハルのことをよく見ていてくれて、ありがとう。

 

ハルハルね、こんなにがんばったよ。楽しかったよ。

みんなもね、きっと同じだね。

ありがとう。どうぞ健やかに。

 

 

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こたえあわせ

ハルハルがお空に旅立って、1年半が過ぎた。今でも全然変わることなく心はいつもハルハルと一緒だけれど、現実の世界は変化していき、外に出て人に会い、ハルハルと一緒にいた時とは違う生活をしている。すると、様々なところで当時の「答え合わせ」に出くわすことがある。

 

おじいちゃんが入院中の病院で説明を受けていたとき、「これ、ハルハルの、あのことと似てる??」と何度かハッとした。知ってよかったこと、安心したこと、聞かない方が心穏やかでいられたこと。いくつも。

初任者研修(旧ヘルパー2級)では、高齢者介護が授業のメインだったけど、先に学んでいたらハルハルにも違うやり方ができたかもと思うことがあった。周りをもっとちゃんと感じていたのに、それを過小評価して、ハルハルの望む対応をしてあげられていなかったのでは?と凹んだり。お友達ママは、研修で栄養のやり方が違った知り、ショックを受けていた。

当時は目の前のことで精一杯で気づけなかった、周りの人たちとの関係への影響や軋みが顕在化してきたりもする。しわ寄せがきていたり、傷ついていたりするのに、そうは言えなかった周りの人たちへ、何かもっと違うようにできなかったのか、「大変なのはママだから」と手を差し伸べられることに対する甘えが過ぎなかったか・・反省するところは多い。

逆に、もっと頼ったり任せたりした方がよかったかもしれないことも。例えば、呼吸器でケアが重いからと控えめに申請してたデイの利用希望。今、違う立場からみると、たまに利用するだけでは看護師さんがハルハルのことを自信をもって看るのは難しいとよくわかる。もっと積極的に、将来も見据えて、適切なやり方や頻度を話し合うべきだった。配慮と話し合いは両立する。気を遣うところが違っていた。

また、時間があって動ける「誰か」が声をあげてくれるのを待つというのも、違った。OBになったママが意見を求められることは、ほぼ全くない。皆が聞きたいのは、「現」当事者からの「今」の声だけ。当事者が動かないと変化の突破口は開かない。と言っても、それが物理的にできるためのサポートを受けることが難しいのだけど・・

 

・・・これまで数限りなく失敗や、判断ミスをしてきた。ハルハルの体調や命にかかわってしまったこともある。今だから見えてきた「答え合わせ」の中には、思い込んできたことと違っていて、ほろ苦い味がするものも少なくない。「ごめんね」と謝っても、今となってはもうハルハルには何もできない。ただただ「その時々でできる限りのことをして、ハルハルのためを一番に考えて考え抜いて、決断して行動した」ということを心の拠り所に、その苦味を反芻する。今日のために。これからのために。

 

でも、それよりも多くの「答え合わせ」で、どれだけしっかり向き合ってもらっていたか、大事にしてもらっていたかを実感、感謝の気持ちがあふれ、心の中で頭をさげる。

そして、他愛もない「答え合わせ」は、ハルハルとの時間と今が重なるようで、楽しい。最近テレビで「家にこもっていると筋肉だけじゃなくて運動神経が衰える」って言うのをきいて、ママのあの手足が連動しない感覚はこれだったんだね!とハルハルに話しかける。自転車で滑ったときには、訪問看護師さんが「いちょうのじゅうたんは滑るから慎重に」と言っていたのを思い出す。雪の日、雷の日、桜の景色。笑顔の思い出を胸に、ハルハルと共に季節を感じていく。

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桜の卒業式

今日はハルハルの小学校の卒業式。

 

新型コロナの影響は大きく、学校一斉休校直前の「先生に感謝する会」では、現役ママ以外は参加不可と、前夜に連絡が。そして学校が休校になり、案内をいただいていた卒業式も、外部の人は参列できないと早々に決まった。

 

結局、現役の保護者も同席できず、別室からビデオで様子を観る形式にして、ようやく卒業式自体の開催ができることになったらしい。

 

今になれば仕方ない、それどころではない措置も、自分だけ参加できないと言われた当初は、訪問学級の頃に経験した制限や疎外感を思い出して凹んだし、合理的に考えれば違う判断や工夫もあるのではと思うことも相変わらずないわけではないけれど(10人程度の卒業生で、換気した広い体育館の後方に保護者が距離をとって立つことと、別室に集まるリスクの比較とか。付添いの時も厳しかった、距離や広さを考慮に入れない「同室しばり」が健在なのかな。。)、でも、初めての状況、限られた時間で、親には思いもつかないような学校以外への影響まで広く考慮しなければならない公教育の立場の中で、先生たちは最大限がんばって、何とか子どもたちをあたたかく送り出したい一心だったのだと思う。

いい卒業式だったとのこと。先生たち、おつかれさまでした。

 

きっとハルハルも、自由な体で卒業式会場に飛んでいき、誇らし気な表情で、先生が心の中で呼ぶ名前に元気にお返事をして、大きな声でお歌を歌っていたことでしょう。

 

朝、ママはハルハルと一緒に思い出の桜を見て歩くことにした。

 家族で毎年歩いた川辺

 バギーの試乗で初めて外出した病院の裏手

 訪問看護師さんともお散歩にでかけた公園

 おじいちゃん、おばあちゃんともお花見をした、以前住んでいたところの横の坂道。。

ハルハルとは、桜の思い出がたくさんある。

入学式も桜が咲いていたね。入院中で、病院が外出を認めてくれて参列が叶い、帰りに桜の下で写真をとったね。

入学式も卒業式も桜に祝福されるなんて、恵まれてるね。

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青い空に、咲き誇る桜。

ハルハル、卒業おめでとう!

 

そして、お散歩を終えたハルハルは、「ママ、行ってくるね~」と、卒業式会場へぴゅーっと向かったのでした。

 

午後には、別の学校へ行った介助員さんがお祝いにサプライズで訪ねてきてくれたり、病院でお世話になったリハビリの先生にばったり会ったり、お友達や訪問看護師さんからお祝いやLINEをいただいたり、うれしい驚き。

これはハルハル、きっと色んな人のところへ行って卒業アピールしてきたね??ちゃっかりさんだな~^^; 

でもがんばったんだもんね、お祝いしてほしかったんだね。

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ハルハル、今も活躍中

この秋も、ハルハル大活躍!

 

小児専門の訪問看護ステーションは、小児訪問看護の研修でハルハルのことを教材に使ってくれたし、

病院でお世話になった先生は、学会でハルハルの最期の時間の対応について発表してくれたし、

別の訪問看護師さんは、大学や福祉関係の人たちの集まる地域の学会の場で、ハルハルとの10年について発表してくれたし、

小学校低学年の時に協力した大学の研究は、本に続いて、YouTubeに載せることになったそうだし↓

  https://www.youtube.com/watch?v=Y332SImtGds

  (「最重度重複障害の人とのコミュニケーション」9分くらいからハルハル登場~。本当に好きなのは、本物のイチゴだけどね^^)

 

ハルハルのお写真がいっぱい、精一杯生きてきた時間であふれてて、

どれを見ても楽しそうで、輝いてるなぁ~(相変わらず、親ばか^^;)。

愛情いっぱいで、かかわってきてくださった人たちのおかげ。

とりあげてもらって、嬉しいね、ハルハル。

 

そしていつか、ハルハルの名前や写真が出ることがなくなっても、

ハルハルと接した人たちや、ハルハルの話に触れる機会のあった人たちの、考え方や行動に

自然と、無意識に、反映されるような影響がちょっぴりでもあって、

それがまた誰かに受け継がれていくとしたら・・

ハルハルは、ずっと生きていく。そんな想像が、心を喜びで満たしてくれる。

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「とりあえず、だっこ」

ハルハルのお友達ママの運営している医療的ケア児・重心児のデイで、時々、事務関係のお手伝い。

 

ある日、足は不自由だけど言葉には問題のない女の子が、車いすに乗って、大好きな職員さんと二人でお部屋にやってきた。

「xxちゃん、何して遊ぼうか~ パズル?それとも、お人形さんと遊ぶ?」

「う~ん… とりあえず、抱っこ!」

「そっかそっか」と、職員さんに抱っこしてもらって、xxちゃん、満面の笑み。

 

そっか~、「とりあえず、抱っこ」かぁ~。

やられたなぁ。涙でちゃうなぁ。

ハルハルも、何度も言いたかったんだろうなぁ、してもらいたかったんだろうなぁ、抱っこ。

何にもしなくていいから、遊ぶのも後でいいから、とりあえず、抱っこ。

心の中で両手を広げて、声にならない言葉を念じて。

く~~っ もうできないや・・

 

ママたち~、今日は、ちょっと注入が遅れてもいいから、抱っこ、してあげて。ね。

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月を見ましょう

ハルハルの一周忌に届いた、お月見の季節のお花と添えられたメッセージ。

 

「きれいなお月さまを一緒にみましょう

月の静かな明かりが

ママの心を癒してくれますように・・」

 

先輩ママだからね、普通だったらわかりにくいかもしれない、一年経ったこの時期がちょっとしんどいのも、わかってくれてる。

 

そして、お月さま。

ハルハルは、夜に外出したことは、本当に少なかったけれど、「月」にまつわるエピソードが次から次へと心に浮かんでくる。

ベランダでパパの抱っこでお月見したこと。近所の花火が終わったあとに、一緒に見上げた月。スーパームーンを見せたくて、でもパパがいなくて、ダッシュで写真を撮って戻ったけど全然スーパーじゃなかったこと。生まれたばかりのころは、短命と言われ続けて、まるでかぐや姫を授かったみたいだと、思ったこともあったっけ。。ちらっとだけ見た月食も。

ひとつの言葉が、思い出を限りなく膨らませてくれる。

そんな詩のようなメッセージと、たくさんの思い出をくれたハルハルに、あふれる感謝。

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一周忌 Month

ハルハルの一周忌と納骨を、無事に終えました。ちょうどあの日から一年たった、9月4日。

パパやお寺と話し合って、以前からそうすると決めて、遺骨ペンダントも作ったものの、やっぱりその前は、さびしくて。なんとも言えず、ちょうどハルハル”らしい”大きさで、ハルハルを感じるからと一年間抱っこしすぎて、まわりを覆う白い布が擦り切れてしまった骨壺の入った箱。もう、いるべきところに行く時が来たんだよって、わかってるんだけどね。。ちょっと時間ができると、涙がじわり。

そんなママの気持ちをあたたかく包んでくれたのは、ハルハルのことを覚えていてくれた、ハルハルに会いに来たいと言ってくれた、たくさんの人たちでした。一周忌の前の週くらいから、週に2~3組くらいずつ、1か月かけて。ハルハルらしいお花を抱えて、ハルハルの好物を持って、会いに来たよ~と手を合わせてくれる。一年前には取れなかったたっぷりの時間をかけて、思い出や、近況や、ハルハルが残した影響を話してくれる。遠方からは、あたたかいメッセージを送ってきてくれる。

ハルハル、うれしいね。

納骨前に来た人たちには、抱っこもしてもらえたしね。

そして、当日。ご住職に丁寧なお経をあげてもらって、いよいよパパのご先祖やお姉ちゃんがみんないる真ん中へ。「納骨堂だからね、会いたくなったら、ちょっと扉を開けてもらえばすぐ会えるから」パパにそう言ってもらって。

最後にぎゅっと抱きしめて。

みんなに可愛がってもらえるから、大丈夫だね。とってもいい子なので、どうぞよろしくお願いしますね。

 

家に帰って、お仏壇の周りを少し整えたら、いただいたお花やお菓子で埋め尽くされて、寂しい隙間もなくなりました。

それまで箱に掛かっていたペンダントは、ハルハルの生まれたときにおばあちゃんがくれたテディベアが、大事な役目を引き継ぎました。ハルハルが生まれたときの体重と同じ重さだから、抱っこもばっちり。でも、毛むくじゃらだと抱っこする時にまだ暑いので、前にハルハルに作ったブラウスを着せたら、だぶだぶ。ハルハル、大きくなってたんだね~。今さら成長を感じるのでした。

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がんばり屋の遺伝子

夏の終わり。ハルハルのおじいちゃんが、おばあちゃんとハルハルのいるお空へ旅立った。

いつか来る日は、やっぱり唐突に来た。

転んで脊髄損傷で首から下が動かせなくなって6か月。

色々な意味で苦しかったろうに、我慢強く、弱音も吐かず、本当によくがんばっていた。

ハルハルの頑張り屋さん気質は、おじいちゃんからの遺伝だったかな?しみじみ。

 

ちょっと気難しくて、口下手だったおじいちゃん。歯を見せて笑う写真も少なくて。

でも、遺影は、みんなに「あら、いい笑顔だね~」って言われたんだよ。

実はね、ハルハルが生まれたときに、おばあちゃんが抱っこしてくれて、

その隣で嬉しそうに笑っているおじいちゃんを切り取った写真だったの。

ハルハル、こんなところでも絶大なおじいちゃん孝行。これから毎日ご挨拶する大切な写真だからね。

 

いつもハルハルを気にかけて、会いたがってくれて、ニコニコしながらハルハルのほっぺをつんつん触ってくれたおじいちゃん。

ハルハルをかわいがってくれて、ありがとね。また、いっぱい可愛がってあげてくださいね。

 

その前の週には、もう一人のおじいちゃんが緊急入院。幸い大事に至らず、退院できたけれど。

入れ替わり立ち代わり、バタバタと駆け回り、お見舞いや一日中の付き添いなどからずっと、緊張の日々が続き、

ようやくひと段落したところで、数日後にハルハルの一周忌。

悲しみにのみこまれている時間もなく、でも切り替えて集中できる数日は与えられて、

すべて、よくなるようにしてくれたのかな、と思う。

がんばり屋の遺伝子を、ママも発揮しないとね!

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暑さが堪える今年の夏。10年以上、夏は日中ろくに外に出ずに過ごしていたというのを改めて実感する。日差しで焦げそう。湿気でゆだりそう。でも、夜はハルハルの愛用していた涼風マット「そよ」を使って、ママの苦手な冷房なしでも眠れてる。ハルハル、ありがとね。

旅行になんて行く気にならないと言っていたパパが一転、お盆休みに出掛けようというので温泉へ。ハルハル、はじめての飛行機だよ、新幹線だよ。すごいね、楽しいね。ハルハルのペンダントを握って話しかける。ほんとは一緒に、乗りたかったね。

由緒あるお寺にお参りに行く。ママのお願いはいつも「ハルハルのことをよろしくお願いします。ハルハル、とってもがんばったのでほめてあげてください」。もう仏様の世界にいるのにね、と苦笑してパパに言ったら、「僕も『ハルハルが穏やかに過ごせていますように』って祈るよ」だって。現世の自分たちのことよりも、親が願うのは、子どもがどこにいたって、その幸せのことばかり。

ハルハルのもう一人のおじいちゃんが急に具合が悪くなって入院。治療が効いて、話が普通にできるようになると、真っ先に気にかけていたのは、ハルハルの一周忌に出られないんじゃないかということ。すると翌日、「朝になるとハルハルが来ている感じがして、お話するんだ」と、おじいちゃん。ハルハルが「心配ないよ、早くよくなってね、さびしくないようにハルハルが話相手になってあげるね」って言いに来てるんだね。今でもお互いに気にかけあってる、おじいちゃんと孫。

「パプリカ」の、子供たちの躍るMVを、偶然目にした。きゅっとせつなくて、泣きそうになった。「Lemon」と違って歌詞に共鳴したわけじゃない、去年の夏のハルハルの入院中に、オリンピックのマスコットが躍るバージョンのMVを、ハルハルと一緒に見たのを思い出したからだ。歌の力はすごくて、ワンフレーズでその個人的な場面に引き戻される。ハルハルと一緒に行きたかったパラリンピックまで、こんな反応が続くのかな・・

 

今年の夏も、ハルハルのまわりをまわってる。ぐるぐる、ぐるぐる。

バイトが忙しくて、助かった。

一周忌まで、あと少し。

 

 

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初盆

先輩天使ママたちから、命日が近づくと辛いという話をよく耳にした。近頃それがわかるような気がしてきた。というのも、「去年の今頃は、元気にこんなことしたよね」「この時期は、入院中で大変だったけど力強く乗り越えてくれたよね」・・そんなふうにその季節にあったことを振り返ることが多いのだけど、これまでは楽しい思い出、結果は良かったことばかりだった。けれど6月末以降は、「骨折したの去年の今頃だったな・・」「最後の入院が始まった日だ・・」と、わかっている結末へのカウントダウンをしてしまう。時間がありすぎると考えちゃうから、よくないね。

そんな折、ハルハルの初盆を迎えた。ハルハルのお骨はまだ家にあるので、お空から帰ってくるのか、ずっといるのか、よくわからない感じだなぁ、なんて思いつつ、そういえば、ハルハル、未だにママの夢にでてきてくれたことないなぁ、と。聞けば、パパの夢にも、おじいちゃんのところへも、現れるらしい。「お互いに思いあっていなければ、愛しい人は夢に現れない」と、高校の古文の授業で聞いたことを思い出し、ハルハル、ママのこと思ってくれてないのかな・・と一抹の寂しさを感じていた。

ハルハル家のお寺では、お施餓鬼の法要が毎年この時期に行われる。そこで、初盆の人からお焼香をするのだけれど、ママの順番になったときに、ちょうどハルハルの名前がご住職に読み上げられた。名前の並びからは、もっと後に呼ばれると思ってたのに。まるでハルハルが不思議な力で順番をあわせて「ママ~!」ってよびかけてくれたみたいに。すごくうれしかったなぁ。

家では、おじいちゃんおばあちゃんが送ってくれた一対のプリザーブドフラワーを提灯の代わりにお仏壇のところに飾るなど、カジュアルだけど気持ちを込めてハルハルと(お腹の中からお空へ旅立った)お姉ちゃんをお迎えした。お盆の時期には、お花やお供えをいただいたり、NICUの看護師さんがお家まで来てくれたり。思い出話に花が咲き、ミルキーとサクマドロップスのお線香の甘い香りに包まれ、イチゴのショートケーキのキャンドルをともしながら、楽しく穏やかな時間が流れました。

ハルハルとお姉ちゃんが手をつないで「パパ~、ママ~」ってニコニコしながら顔を見合わせている様子を、ずっと感じられたお盆。幸せだった。

 

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