【後日談】夏の日

ハルハルの旅立ちから4年目の今日。曇り予報だったのに日が差したのは、さすが晴れ女のハルハル。

4年の間に着実に変化は起こり、ハルハルが入院していた病院に行くバス路線がなくなり、動物園の柵が継ぎ足されてあの日柵をまたぐようにハルハルに寄せてきたキリンの首はもう出すことができなくなって、すべての思い出の景色がそのままに保たれることはない。

あの夏の日と決して同じ夏の日ではない夏の日を、今年もこれからも繰り返していく。

でも大丈夫。ママは笑ってるよ、幸せに過ごしているよ。ハルハルを大切に思い続けてくれる人たちに支えられて、あの夏の日をいつまでも心に、これからの夏も。

 

 

「ネロ」 — 愛された小さな犬に  

谷川俊太郎

 

ネロ

もうじき又夏がやってくる

お前の舌

お前の眼

お前の昼寝姿が

今はっきりと僕の前によみがえる

お前はたった二回程夏を知っただけだった

僕はもう十八回の夏を知っている

そして今僕は自分のや又自分のでないいろいろの夏を思い出している

メゾンラフィットの夏

淀の夏

ウィリアムスバーグ橋の夏

オランの夏

そして僕は考える

人間はいったいもう何回位の夏を知っているのだろうと

 

ネロ

もうじき又夏がやってくる

しかしそれはお前のいた夏ではない

又別の夏

全く別の夏なのだ

 

新しい夏がやってくる

そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく

美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと 僕をかなしくするようなこと

そして僕は質問する

いったい何だろう

いったい何故だろう

いったいどうするべきなのだろうと

 

ネロ

お前は死んだ

誰にも知れないようにひとりで遠くへ行って

お前の声

お前の感触

お前の気持までもが

今はっきりと僕の前によみがえる

 

しかしネロ

もうじき又夏がやってくる

新しい無限に広い夏がやってくる

そして

僕はやっぱり歩いてゆくだろう

新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ 

春をむかえ 更に新しい夏を期待して

すべての新しいことを知るために

そして

すべての僕の質問に自ら答えるために

 

『二十億光年の孤独』所収

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【後日談】最後の約束

ハルハルがお空に旅立ってから3年。今日は涙雨かな。

 

「パラリンピック、一緒に行こうね!」

3年前、病室でミライトワとソメイティが躍るパプリカを観ながら、ハルハルとした最後の約束。

果たすことができました。ハルハルが旅立ち直後に締め切りだったボランティアに申し込んで。

ハルハルが学校のオリパラ授業で作ったイギリスの旗を競技場に持っていって、一緒に応援~

Img_2203-002

パラリンピックでは、ひとの本来あるべき姿を見ている気がします。

どんなにあらがえない状況に直面することがあったとしても、

心をあわせて、力をあわせて、共に、より前に。

 

ハルハル、つないでくれて、ありがとう。

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【後日談】ユニクロさん、ありがとう~前開きインナー

ユニクロから、9月中旬に前開きインナーが発売されるそうです!

https://www.uniqlo.com/jp/ja/contents/feature/front-open/

 

きっと、たくさんの、たくさんの切実な声があったのでしょう。

それでも、限定的な規模のマーケット、商品化は簡単ではなかったと思います。

それをしっかりリサーチして、声に応えてくれて。。ユニクロさん、ありがとう!

 

ママも、メールで訴えたひとり。

ハルハルが旅立って半年ほどして、やれること、やり残したことはないか、と考えていたことのひとつで。

今読み返すと、メールの文章がかなりテンパっている。。導入部もなにもないし。

でもそのときも、ちゃんと受け止めてくれて、今後に期待を持たせてくれるような、丁寧で心あるお返事をカスタマーセンターからいただきました。

「病気や身体の不自由な方にも同様に良い服を着用する楽しみと幸せを届けることをひとつのミッションにしています」

「どんなことに困っていて、どんな服を必要としているのか詳細に書かれていて非常に参考になりました」

「一日でも早く同様の悩みを抱えているお客様の意向に沿える商品が提供できるように鋭意努力します」

・・・そして1年半の時を経て… 感無量。

 

ハルハルの時代になかったもの、あったらいいなだったものが、続々と実現しているね。うれしいね。

 

・・・・・ ユニクロへ昨年3月に送ったメール ・・・・・

【バリアフリー服を作っていただけないでしょうか?】

娘は、重度の障害を持ち、医療依存度が高く、ほとんど動けない状態でした。娘が服を着る際の制限としては、

‐ 気管切開をして呼吸器を装着しているため、Tシャツのような被りものが着られない

‐ 寝たきりで皮膚にあたってしまうため、背中にジッパーやボタンのワンピース等は着られない

‐ 気管カニューレの邪魔にならないよう、襟ぐりが深く開いている必要がある

‐ 体温調整が難しく、冬場は体温が34℃台に下がり、一方、夏は背中に熱がこもり大汗をかく

‐ 肘がほどんど曲げられず、袖や袖ぐりが細いものは着にくい

‐ 前開き服の片袖を通した後、もう片袖は服をひっぱって通す必要があるなど、伸びる布地の方が安全に着せやすい

‐ 障害児専門のバリアフリー服のネットショップもあるが、日常の肌着で数千円など高額

 

そんな状況で、長年にわたり頼りにしたのが、ユニクロの服、特にヒートテックとエアリズムでした。

‐ 非常によく伸びて着せやすいうえに、糸が切れたり伸びきったりせず、良質で耐久性もある

‐ 襟ぐりもよく伸びるので、頭から被れなくても足元から引き上げて着させられる

‐ 冬は暖かく、夏は涼しく、季節を通じて冷暖房への依存を減らし体温の維持に貢献

‐ Uネックを選べば、気管カニューレや呼吸器の邪魔にならない

‐ 軽やかでシンプルなため、寝たきりの体の負担になりにくい

‐ 日常に着る服として、価格がリーズナブル

‐ 店舗が多く、ネットショップもあり、子どもから離れられる時間が限られていても入手しやすい

‐ 普通のお子さんと同じものが着られる喜びがある

 

しかし、成長に伴う体調の変化や手術、事故などにより、ヒートテックやエアリズムをそのまま安全に着せることが難しくなってしまいました。

‐ 腸瘻部からの漏れで服を汚すことが多く、前開きの方が短時間に着替えをさせやすい

‐ 両腕を骨折し固定していた時や入院で点滴をしていたときは、さらに肩から袖も開いて一枚の布のようになると着替えがしやすい

 

それでも素材の良さを諦め難く、母親がヒートテックやエアリズムを前開きや肩開きに仕立て直して、何とか対応していました。

 

様々なユニクロの服と人生を共にした娘は、昨秋11歳で旅立ちました。赤ちゃんの頃から最期の日まで、ユニクロの服には大変お世話になりました。まさに、ライフウェアでした。

 

振り返ると、服や身に着けるものにはいつも苦労していた記憶があります。必要に駆られて服作りを覚えたことは、娘のためにできることとして多くの喜びをもたらしましたが、一方で、医療のケアに追われて極度の睡眠不足の毎日の中で行うには、きつい作業でもありました。裁縫ができないお母さんたちは、仕方なく子どもの体にあわない大きな服を着せたり、高額な服を購入せざるを得ないこともあります。これらの子ども達の服へのニーズは多様ではありますが、子どもの在宅療養を持続可能(サステイナブル)なものにするために、日常生活のあらゆる場面で特別な負荷がなるべくかからないようになってほしいと願っています。

 

肢体に障害のある子ども達、とりわけ医療的ケアを必要とする子は、医療の進歩に伴い急激に増加しており、近年大変な注目を集めています。それでも、貴社にとっては極めて小さいマーケットであり、バリアフリー服は商業ベースに乗せられないかもしれません。しかしながら、既に布があり、型紙があり、販路がある中、少しの工夫と上乗せ価格で製品化していただける方法はないものかと、お問い合わせさせていただきました。TSURUMIこどもホスピスへの協賛などに代表される貴社の社会貢献活動の一環としても、ぜひご検討いただければ幸いです。

 

どんな個性の子どもでも、皆、ユニクロの服で笑顔になれますよう。

 

長々と失礼いたしました。読んでくださって、ありがとうございました。

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【後日談】3枚のWISHくんハガキ

おひさしぶりです。ブログ、終了したのですが、その後にあったどうしても伝えたいことだけ、あげさせてください。

 

去年、出会ったWISHくんハガキ。感激して、すぐ、パパとママとハルハルの3人分を依頼。欲張り(汗)

展示会があったら行きたかったのだけど、コロナの影響を受けたのかな。。ある日ポストに届いていました。

すてきな世界観の3連作。どうもありがとう。。

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うん、うん、あちらもこちらもない世界で、一緒に生きよう。

これからもずっと。    

 

今日は、ハルハルの3回忌。2年前と同じ台風が近づいてきていて、でも2年前とは違う青い空。

コロナの影響でお寺でご供養もリモート。

ハルハルの好きなスイカとイチゴのケーキと花束を用意して、お家でパパと一緒に手を合わせる。

こんな状況でも、ハルハルのことを思い出してくれた方々からのメールや訪問が、とても嬉しくて。

あの日々が遠く感じる瞬間に驚くこともあるけど、今日はゆっくりとハルハルとの時間を過ごしたい。

ハルハルの姿がここになくても、パパとママはしっかり生きる。

一緒に過ごした日々が教えてくれたものにつき動かされながら。

 

 

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圧倒的な幸せ

ハルハルがいたとき、ママはいつも圧倒的な幸せに包まれていました。

睡眠不足でボロボロの日でも、ベッドに横たわるハルハルのぷにぷにの頬に自分の頬をくっつければ、ああ幸せだなぁ、とじんわり思いました。

なんでだろう、とも思いました。これだけ生活に制限があって不安も多いのに、なぜ幸せと感じるのだろうと。

一般的に雑誌にあふれているような旅行やグルメやセレブな生活は、ママには魅力的ではありませんでした。

そんなことより、ハルハルの退院が決定したことのほうが、よほど高揚感がありました。

「たられば」の話は嫌いだけど、「ハルハルのいる世界といない世界を選べたら、どっちがいい?」と聞かれたら、迷わずハルハルのいる世界と答えるでしょう。

 

ハルハルが旅立ってから、幸福論の本をたくさん読みました。色々な説がありました。まだ、よくわかりません。

安心できる場所で、周囲のサポートに繋がることができたから?

自分の役割が与えられ、愛しい人のために一生懸命になることができる環境を与えてもらえたから?

「あなたに生きる理由があるのであれば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。有意義な人生は、困難のただ中にあってもきわめて満足のいくものであるのに対して、無意味な人生は、どれだけ快適な環境に囲まれていても厳しい試練に他ならない」・・・

 

ハルハル「前」のママと、ハルハル「中」のママの感じた幸せは、かなり違います。

ハルハル「後」のこれからも、きっと違っていくでしょう。

引きこもり生活から外の世界への適応も、ゆっくりとですが順調に進み、仕事や友人と過ごす時間など、日々笑顔で過ごしています。

ただ、ふと、ハルハル「中」の頃のような、すべて包み込まれるような圧倒的な幸せを感じることが今後あるのかな・・・と、

今はぬいぐるみで埋め尽くされたハルハルのベッドを横目で見て、寂しさにとらわれることも。

・・でも、ハルハルがいなければ知らなかった世界を知り、出会うことのなかった人たちに出会い、

視野が広がり、価値観が変わり、

そして、あの完璧な幸せの感覚を思い出すことができる、それだけで、

ママの人生は、もう、とてつもなく豊かです。

・・ラブソングの歌詞みたい 笑。 

うん、やっぱり恋をしていたんだね、ハルハルに^^

 

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ハルハルの強い生命の力のおかげで、当初の予想を大きく超えて10年以上もブログを書き続けることができました。

子どもが旅立った後の母親はどんな感じなのか知りたい方もいるかと思い(自分がそうだったように。いつか来る日の心構えをしたくて。)発信を続けましたが、

ハルハルの小学校卒業を機に、ひと区切りとしたいと思います。

記憶は自分の中で書き換えられていくので、その時どきの事実や感情を記録し続けることができたのは、貴重だったかもしれません。

いつかゆっくりと時間をかけて、自分の感情なども、深く振り返ってみたいと思っています。

あの時の涙、笑顔、悔しさ、幸福感、感情、考え方、行動、その変化、どうしてそうだったんだろう、なにがそうさせたんだろう。

一歩離れたからわかることがあるかもしれないから。

 

本当にたくさんの方々が、いつも笑顔で、あたたかな言葉で、ハルハルとパパとママを支えてくださいました。

感謝しつくせません。ありがとうございました。

ハルハルの時にいただいたご恩返しは、また次の誰かへ、自分なりの形でしていきたいと思っています。

Pay Forward. 

無限ではない時間のなかで、自分にできることを探し続けます。

 

ハルハルのいた時間がどんどん過去になって、環境が変化していっても、

普遍的な部分で、ハルハルの物語が誰かの役に立てることがもしあれば、嬉しいです。

 

ハルハルの卒業アルバムをいただきました。

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先生からは、「その明るいエネルギーで輝き続けてください」「本校の誇りある一員です」との言葉をいただきました。

うんうん、そうなんだよね、ハルハルは、いつも前向きで明るいエネルギーにあふれているのが伝わってくる子。

そして、訪問でも、なかなか学校へ行けなくても、学校のみんなの仲間であることを切望していた。

ハルハル~、うれしいね。先生、ハルハルのことをよく見ていてくれて、ありがとう。

 

ハルハルね、こんなにがんばったよ。楽しかったよ。

みんなもね、きっと同じだね。

ありがとう。どうぞ健やかに。

 

 

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こたえあわせ

ハルハルがお空に旅立って、1年半が過ぎた。今でも全然変わることなく心はいつもハルハルと一緒だけれど、現実の世界は変化していき、外に出て人に会い、ハルハルと一緒にいた時とは違う生活をしている。すると、様々なところで当時の「答え合わせ」に出くわすことがある。

 

おじいちゃんが入院中の病院で説明を受けていたとき、「これ、ハルハルの、あのことと似てる??」と何度かハッとした。知ってよかったこと、安心したこと、聞かない方が心穏やかでいられたこと。いくつも。

初任者研修(旧ヘルパー2級)では、高齢者介護が授業のメインだったけど、先に学んでいたらハルハルにも違うやり方ができたかもと思うことがあった。周りをもっとちゃんと感じていたのに、それを過小評価して、ハルハルの望む対応をしてあげられていなかったのでは?と凹んだり。お友達ママは、研修で栄養のやり方が違った知り、ショックを受けていた。

当時は目の前のことで精一杯で気づけなかった、周りの人たちとの関係への影響や軋みが顕在化してきたりもする。しわ寄せがきていたり、傷ついていたりするのに、そうは言えなかった周りの人たちへ、何かもっと違うようにできなかったのか、「大変なのはママだから」と手を差し伸べられることに対する甘えが過ぎなかったか・・反省するところは多い。

逆に、もっと頼ったり任せたりした方がよかったかもしれないことも。例えば、呼吸器でケアが重いからと控えめに申請してたデイの利用希望。今、違う立場からみると、たまに利用するだけでは看護師さんがハルハルのことを自信をもって看るのは難しいとよくわかる。もっと積極的に、将来も見据えて、適切なやり方や頻度を話し合うべきだった。配慮と話し合いは両立する。気を遣うところが違っていた。

また、時間があって動ける「誰か」が声をあげてくれるのを待つというのも、違った。OBになったママが意見を求められることは、ほぼ全くない。皆が聞きたいのは、「現」当事者からの「今」の声だけ。当事者が動かないと変化の突破口は開かない。と言っても、それが物理的にできるためのサポートを受けることが難しいのだけど・・

 

・・・これまで数限りなく失敗や、判断ミスをしてきた。ハルハルの体調や命にかかわってしまったこともある。今だから見えてきた「答え合わせ」の中には、思い込んできたことと違っていて、ほろ苦い味がするものも少なくない。「ごめんね」と謝っても、今となってはもうハルハルには何もできない。ただただ「その時々でできる限りのことをして、ハルハルのためを一番に考えて考え抜いて、決断して行動した」ということを心の拠り所に、その苦味を反芻する。今日のために。これからのために。

 

でも、それよりも多くの「答え合わせ」で、どれだけしっかり向き合ってもらっていたか、大事にしてもらっていたかを実感、感謝の気持ちがあふれ、心の中で頭をさげる。

そして、他愛もない「答え合わせ」は、ハルハルとの時間と今が重なるようで、楽しい。最近テレビで「家にこもっていると筋肉だけじゃなくて運動神経が衰える」って言うのをきいて、ママのあの手足が連動しない感覚はこれだったんだね!とハルハルに話しかける。自転車で滑ったときには、訪問看護師さんが「いちょうのじゅうたんは滑るから慎重に」と言っていたのを思い出す。雪の日、雷の日、桜の景色。笑顔の思い出を胸に、ハルハルと共に季節を感じていく。

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桜の卒業式

今日はハルハルの小学校の卒業式。

 

新型コロナの影響は大きく、学校一斉休校直前の「先生に感謝する会」では、現役ママ以外は参加不可と、前夜に連絡が。そして学校が休校になり、案内をいただいていた卒業式も、外部の人は参列できないと早々に決まった。

 

結局、現役の保護者も同席できず、別室からビデオで様子を観る形式にして、ようやく卒業式自体の開催ができることになったらしい。

 

今になれば仕方ない、それどころではない措置も、自分だけ参加できないと言われた当初は、訪問学級の頃に経験した制限や疎外感を思い出して凹んだし、合理的に考えれば違う判断や工夫もあるのではと思うことも相変わらずないわけではないけれど(10人程度の卒業生で、換気した広い体育館の後方に保護者が距離をとって立つことと、別室に集まるリスクの比較とか。付添いの時も厳しかった、距離や広さを考慮に入れない「同室しばり」が健在なのかな。。)、でも、初めての状況、限られた時間で、親には思いもつかないような学校以外への影響まで広く考慮しなければならない公教育の立場の中で、先生たちは最大限がんばって、何とか子どもたちをあたたかく送り出したい一心だったのだと思う。

いい卒業式だったとのこと。先生たち、おつかれさまでした。

 

きっとハルハルも、自由な体で卒業式会場に飛んでいき、誇らし気な表情で、先生が心の中で呼ぶ名前に元気にお返事をして、大きな声でお歌を歌っていたことでしょう。

 

朝、ママはハルハルと一緒に思い出の桜を見て歩くことにした。

 家族で毎年歩いた川辺

 バギーの試乗で初めて外出した病院の裏手

 訪問看護師さんともお散歩にでかけた公園

 おじいちゃん、おばあちゃんともお花見をした、以前住んでいたところの横の坂道。。

ハルハルとは、桜の思い出がたくさんある。

入学式も桜が咲いていたね。入院中で、病院が外出を認めてくれて参列が叶い、帰りに桜の下で写真をとったね。

入学式も卒業式も桜に祝福されるなんて、恵まれてるね。

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青い空に、咲き誇る桜。

ハルハル、卒業おめでとう!

 

そして、お散歩を終えたハルハルは、「ママ、行ってくるね~」と、卒業式会場へぴゅーっと向かったのでした。

 

午後には、別の学校へ行った介助員さんがお祝いにサプライズで訪ねてきてくれたり、病院でお世話になったリハビリの先生にばったり会ったり、お友達や訪問看護師さんからお祝いやLINEをいただいたり、うれしい驚き。

これはハルハル、きっと色んな人のところへ行って卒業アピールしてきたね??ちゃっかりさんだな~^^; 

でもがんばったんだもんね、お祝いしてほしかったんだね。

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ハルハル、今も活躍中

この秋も、ハルハル大活躍!

 

小児専門の訪問看護ステーションは、小児訪問看護の研修でハルハルのことを教材に使ってくれたし、

病院でお世話になった先生は、学会でハルハルの最期の時間の対応について発表してくれたし、

別の訪問看護師さんは、大学や福祉関係の人たちの集まる地域の学会の場で、ハルハルとの10年について発表してくれたし、

小学校低学年の時に協力した大学の研究は、本に続いて、YouTubeに載せることになったそうだし↓

  https://www.youtube.com/watch?v=Y332SImtGds

  (「最重度重複障害の人とのコミュニケーション」9分くらいからハルハル登場~。本当に好きなのは、本物のイチゴだけどね^^)

 

ハルハルのお写真がいっぱい、精一杯生きてきた時間であふれてて、

どれを見ても楽しそうで、輝いてるなぁ~(相変わらず、親ばか^^;)。

愛情いっぱいで、かかわってきてくださった人たちのおかげ。

とりあげてもらって、嬉しいね、ハルハル。

 

そしていつか、ハルハルの名前や写真が出ることがなくなっても、

ハルハルと接した人たちや、ハルハルの話に触れる機会のあった人たちの、考え方や行動に

自然と、無意識に、反映されるような影響がちょっぴりでもあって、

それがまた誰かに受け継がれていくとしたら・・

ハルハルは、ずっと生きていく。そんな想像が、心を喜びで満たしてくれる。

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「とりあえず、だっこ」

ハルハルのお友達ママの運営している医療的ケア児・重心児のデイで、時々、事務関係のお手伝い。

 

ある日、足は不自由だけど言葉には問題のない女の子が、車いすに乗って、大好きな職員さんと二人でお部屋にやってきた。

「xxちゃん、何して遊ぼうか~ パズル?それとも、お人形さんと遊ぶ?」

「う~ん… とりあえず、抱っこ!」

「そっかそっか」と、職員さんに抱っこしてもらって、xxちゃん、満面の笑み。

 

そっか~、「とりあえず、抱っこ」かぁ~。

やられたなぁ。涙でちゃうなぁ。

ハルハルも、何度も言いたかったんだろうなぁ、してもらいたかったんだろうなぁ、抱っこ。

何にもしなくていいから、遊ぶのも後でいいから、とりあえず、抱っこ。

心の中で両手を広げて、声にならない言葉を念じて。

く~~っ もうできないや・・

 

ママたち~、今日は、ちょっと注入が遅れてもいいから、抱っこ、してあげて。ね。

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月を見ましょう

ハルハルの一周忌に届いた、お月見の季節のお花と添えられたメッセージ。

 

「きれいなお月さまを一緒にみましょう

月の静かな明かりが

ママの心を癒してくれますように・・」

 

先輩ママだからね、普通だったらわかりにくいかもしれない、一年経ったこの時期がちょっとしんどいのも、わかってくれてる。

 

そして、お月さま。

ハルハルは、夜に外出したことは、本当に少なかったけれど、「月」にまつわるエピソードが次から次へと心に浮かんでくる。

ベランダでパパの抱っこでお月見したこと。近所の花火が終わったあとに、一緒に見上げた月。スーパームーンを見せたくて、でもパパがいなくて、ダッシュで写真を撮って戻ったけど全然スーパーじゃなかったこと。生まれたばかりのころは、短命と言われ続けて、まるでかぐや姫を授かったみたいだと、思ったこともあったっけ。。ちらっとだけ見た月食も。

ひとつの言葉が、思い出を限りなく膨らませてくれる。

そんな詩のようなメッセージと、たくさんの思い出をくれたハルハルに、あふれる感謝。

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